「Craft SS World!」

戦国時代を中心とした歴史系サイドストーリー!遅筆です。。。

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ⑧

 駿河国、善徳寺。
 ここでは、三人の戦国の雄が顔を合わせていた。そのうちの一人「海道一の弓取り」矢澤にこは、彼女の家臣、東條希の言葉を思い出していた。

『にこっちには、ある人達に会ってもらうよ。』
(……本当に、やってくれたわね。希。)

 

 半年前。
「はあ!?武田と北条と会う!?」
「いい考えやろ?にこっち。」
 希の進言に、にこの声が大きくなる。
「いやあんたねえ…。何考えてんのよ。同盟関係の武田はともかく、矢澤領に侵攻しようとしてきてる北条が会ってくれるわけないわ。
 第一、武田や北条と会って何するのよ。あいつらの首でもとろうってわけ?」
「それは下策やねえ。そんなことしたら武田や北条が全力をもってうちらと戦争してくるやん。そんなことよりもっといい考えがあるんよ。」
 訝しげな表情のにこと対照的に、得意気な希。
「北条と武田と、そっくりそのまま三国で同盟を結ぶんや。」
「なっ……。」
 絶句する。
「無理よ。」
 そして吐き捨てる。
「さっきも言った通り、北条とは現在進行形で敵対してる関係よ。今この瞬間も矢澤領を脅かそうとしてるわ。そんな相手と同盟なんて、常識的にできっこないわ。」
 希は「ふふっ」と言うと、やんわりと言う。
「それがそうでもないんやなあ。」
「……どういうことよ。」
 にこの表情はさらに困惑の表情へと変化する。そんなにこに、希は諭すように説明する。
「まず今の状況から整理してみよっか。ウチら矢澤家は、駿河の北の甲斐国の武田と同盟関係にあって、東の相模国の北条とは敵対関係にある。」
「私がさっき言った通りね。」
 希が続ける。
「んじゃ、それぞれ見てみよか。まず、武田は甲斐国の北、信濃国を治めていた村上家を破り、信濃国をおさえようと出兵を繰り返してる。
 そして東の北条、ここは現当主の氏康公の祖父、早雲公の頃から関東統一を目標に関東各所の勢力と敵対している。ここまではいいやん?」
「ええ。悔しいけど晴信も氏康も勢いがあるわね。特に『河越の戦い』を乗り切った氏康は辣腕だわ。」
 約八年前。矢澤家は関東管領であった山内上杉家扇谷上杉家、関東諸国の勢力と連動し、北条に対して挙兵をした。氏康は駿河に急行するも北条方の城を落とされる不利な状況、さらに関東では両上杉家の大軍が河越城を取囲み落城寸前と、北条家滅亡の危機を迎えていた。
 絶体絶命の氏康は、まず武田晴信の仲介により一部領土の割譲により矢澤家と和睦を結ぶ。そして河越城にとって返すと、窮鼠猫を噛む。一万に満たない兵力で、総兵力八万ともいわれる関東連合軍を夜戦にて殲滅、これを撃退した。
 この戦いにより北条家は、関東での存在感を強め、勢力を拡大することとなった。以来、北条は当時割譲した領土を取り返すべく、駿河への出兵を試みている。
 にこは苦虫を噛み潰したように過去を思い返していた。
「あのときは和睦をしても、河越が落とされて、私が手を下さなくても北条の国力は自然と弱まると思って読んでたわ。それがいまや厄介な敵になって帰ってくるなんて……、読み違えもいいとこよね。」
 希はまあまあ、といった表情をする。
「まあ、昔のことを後悔しても仕方ないやん。今この時に最善を尽くすことが大事やで。」
 話が元に戻る。
「そしたら、もっと北と東を見てみよか。さっきにこっちは武田も北条も勢いがある、って言ってたけど、目標に向かうところで大きな壁にぶつかってる。
 北の武田は越後の長尾家、東の北条は常陸の佐竹をはじめとした関東諸国の勢力。長尾家の新しい当主の景虎公は、晴信公にも負けない戦の天才らしい。関東諸国も佐竹や里見の難敵、山内上杉も弱体化しているとは言え、その役職はいまだに存在する。どちらもそれらの勢力との戦いを制さない限り、目標には足踏みし続けるやろなあ。」
 希が一度、話を切る。そして再び続ける。
「そんでな、にこっち。にこっちも今、足踏みをしている状態やんな。」
 彼女は京への上洛を目標としている。しかし、背後の北条に駿河を脅かされ、上洛への決断を踏み切れない状態にいるのだ。
 にこは希を真っ直ぐ見返す。
「ウチの言いたいことがわかった?三国が同盟を結べば、お互いに目標へ向けて思いきった行動がとれるんよ。背後の心配をなくすことについて、お互いに利害は一致してるんや。」
「……なるほどね。」
 にこは希の説明を咀嚼する。
「この同盟の成算は?」
「信玄公と氏康公が、ウチの見込んだ通りの人物なら、間違いなく盟約は結ばれると思うよ。」
「はん。敵の大名をずいぶん買ってるのね。」
 にこは再び考え始める。
「……わからないことがあるわ。」
「なに?」
「同盟の担保がない。いくら利害が一致するとは言え、これだけ大きな同盟よ。誰かが同盟を崩せば、崩された側は大きな被害が出る。誓紙は交わすんだろうけど、こんな時代よ。誓紙なんて紙切れに等しいわ。それ相応の担保が必要よ。」
「それは……。」
 希が答えにくそうにする。
「それは、何?まさか考えてなかったんじゃないでしょうね?」
「もちろん考えたに決まってるよ。考えたけど……。まあ、いずれは説明しなきゃいけないことやしね。」
 希は逡巡するが、意を決したように話し始めた。
「晴信公、氏康公、そしてにこっち、お互いの肉親が相互に嫁入りし、互いの大名家が血縁となる。単純やけど最強の担保やね。」
 にこは愕然とする。
「それって、もしかして……。」
「そうやね、いうなれば『人質交換』やね。」
 しばらくお互いに言葉が出なかった。そしてにこは悟ると、やっと苦し気に言葉を捻り出した。
「うちからの人質って。まさか……。」
「にこっちには子供がいない。だから……、こころちゃん、ここあちゃんが適任かと。」
 にこの口からは一転、怒気を含んだ言葉が出る。
「あんたそれ、何を言ってるかわかってるの!人の妹をなんだと思ってるわけ!?こころもここあも、政治の道具じゃないわ!!」
「落ち着いて、にこっち。にこっちが妹思いのことも、怒ることもわかってたんや。わかっててこの策を進言したんや。」
「はあ!?どういうことよ!!」


「にこっちの夢を叶えるため!」


 希が一喝する。その目は主君を相手にも怯まない。
「…そして、この日の本のためや。」
 にこは押し黙り、希の次の言葉を待つ。
「足踏みをしているのは、北条や武田、にこっちだけじゃない。今、この日の本全体が争い、同じ国の人間同士で傷つけ合い、血を流し、そんな状態で足踏みをしている。」
 希が一呼吸置く。
「こんな世の中は、誰かが終わらせなきゃいけないんよ。」
 やっとのことで、にこの口から言葉が出る。
「……その誰かっていうのが、私ってわけね。」
「そうや。天下を統一し、乱世を終わらせる。駿河も甲斐も相模もない。この日の本で、みんなが笑って暮らせるような世の中を作る。その役目は信玄公や氏康公じゃない。他の誰でもなく、にこっちの夢に、この国の未来を乗っけさせてほしいんや!」
 にこは熟考する。希の言葉は、たしかににこの心を揺さぶっていた。
 しかし、にこはかぶりを振る。
「やっぱりだめだわ。」
 にこの言葉に希は天を仰ぐ。
「なんでなん……?」
 にこは希の問いかけに答える。
「たしかに私は夢を追うことができる。そして、上手くいけばこの日の本も平らかになるかもしれない。」
 続くにこの答えは、まさしくにこらしい言葉であった。


「でも、こころやここあは?」


 にこは続ける。
「私の夢が叶うのはいつ?日の本が平和になるよは?それまで、いや、無事にそうなるかもわからない、何十年も叶わないかもしれない。そんな中でこころやここあは、望まない嫁入りをして何十年もの時間を過ごさなくちゃならない。
 たとえ日の本が平和になって、みんなが喜んでも、その平和があの子達の犠牲の上になるんなら私は耐えられない。こころやここあの幸せは、私の夢にも、この日の本の平和にすら代えられないわ。」
「お姉様!それは違いますわ!」
 勢いよく部屋の扉が開くと、大きな声が部屋に響いた。にこは突然現れた声の主のほうを向く。
「こころ……。それにここあも……。」
「お姉様!話は隣で全て聞かせてもらいました。」
「なんで……?」
と言うとにこはハッとする。そして希のほうに目をやる。
「希の仕業ね、あんたってやつはほんと…」
 希は何も言わない。こころがにこの言葉を遮ると話し始める。
「それよりお姉様!お姉様は大きな勘違いをしていらっしゃいます!」
「……勘違い?」
 姉は、訝しげな顔で妹をみる。
「はい。お姉様は先程、私たちの幸せは姉様の夢にも代えられない、って言ってましたけど、お姉様の思う私たちの幸せって何ですか?」
 妹の言葉に、姉は返事に詰まる。
 妹は内に秘めた思いを、姉にぶつける。
「お姉様。私たちの幸せは、輝いているお姉様の姿を見ていることです。今までお姉様が夢に向けて頑張っている姿を、ひたむきな姿を、私たちは誰より見てきました。そしてこれからも、そんなお姉様を私たちは支えたい。お姉様が夢を追いかけている姿を、私たちはずっと見ていたいのです。」
 妹の言葉に姉の胸は、じんわりと熱くなっていた。
 やっと言葉をひねり出す。
「どこの誰ともわからないやつの嫁に行くことになるのよ。」
「それが、お姉様の夢の一助になるのならばどこにでも行きますわ。ね?ここあ。」
 もう一人の妹は静かに首を縦にふる。黙ってはいたが、その目は姉への強い思いを何よりも雄弁に語っていた。
「あんたたち……。」
 姉は妹たちのことを大事に思っていた。しかしそれと同じくらいに、妹たちは姉に強く憧れていたのだ。
「お姉様。お姉様はお姉様の進むべき道を進んでください。私たちはその道を進む姉様を、ずっとずっと見ています。」
 しばし時間が流れる。にこの目には涙がいっぱいに溜まっていた。
 その涙をふくと、にこは決心する。
「希。あんたが使者として、武田と北条のもとに行きなさい。この交渉、まとめてくるのよ。」
 希は満足そうに頷くと、元気よく答えた。
「任せとき!この命に代えても話をつけてくる!」
 涙でくしゃくしゃのにこの顔は、夢へ踏み出す覚悟がにじみ出していた。
「にこっち、ひどい顔してる。」
「お姉様、泣き止んでください。」
 にこはもう一度涙をふくと、希たちを呼ぶ。
「うるさいわね。それよりあんたたち、こっちきなさい!」
 なになに?と、三人がにこのほうに近づくと、にこは三人を抱き締めて、呟いた。

 

───ありがとう、こころ、ここあ。ありがとう、希。