「Craft SS World!」

戦国時代を中心とした歴史系サイドストーリー!遅筆です。。。

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 12.5

「ほんとに一人で大丈夫なん?」
「大丈夫ったら大丈夫よ。あんたいつまで私のことを子供扱いする気よ?」
「にこっちも大きくなったねえ。」
「それが子供扱いって言ってんのよ!」
 秋も深まり、いよいよ冬の訪れが迫っている。寒空に映える駿府城の一室で、にこと希は会話をしていた。真面目な話をしていたかと思えば、唐突に希がにこを茶化す、矢澤家では日常的な光景だ。
「とにかく上洛にあんたはついて来なくてもいいから!」

 

 甲駿相三国同盟の締結から一年が経った。
 遠江駿河三河の三国にまたがる広大な領土を持つ矢澤家は内政に勤しみ、上洛に向けた足固めを進めている。
 同盟を結んだ二国との関係は良好である。伊豆、相模で幾度となく対峙した北条家との戦闘は同盟締結以降は一度もなく、武田家ともこれまで通り友好的な交易を行っている。
「さしあたって上洛の脅威となるのは尾張の高坂家、美濃の園田家ね。濃尾平野を二分するこの二国を制圧すれば、そこを足掛かりにいつでも畿内を伺うことができるわ。」
「せやね。できることならば美濃を制圧した勢いで、そのまま近江の浅井や六角まで抜きたいところやね。
 うちが連勝を重ねた勢いで、畿内の勢力が力をつける前に圧力をかけて、上洛を果たしてしまいたいところや。」
「そうなると中途半端な兵力ではダメね。制圧直後の現地での募兵にはあまり期待できないことを考えて、用意すべき兵は三万五千から四万ってところかしら。」
「にこっち……。」
「な、何よ……?」
「ほんまに大きくなったねえ!」
「ほんとにやっかましいわね!」
 この一年、二人は上洛への議論を重ねてきた。どんな内政を行うべきか、道中の敵はどんな規模か、上洛へ必要なことを洗い出し、目的達成のための行動を起こしてきた。そして、今も現在進行形で取組んでいる。

 

 話は冒頭へ戻る。
 声を張り上げたにこと対象的に、希はゆったりと喋る。
「でも本当に、にこっちはしっかりしてきたねえ。矢澤家当主としての風格が備わってきたと思うんよ。」
 実際に、この一年のにこの成長は目覚ましいものがあった。これまで矢澤家当主でありながら、希という存在を頼りにしながら政を行っていたにこの姿には、大大名としての才覚と自信を政にいかんなく発揮し始めた。
 もともと自らの野望を追いかける才覚をにこは備えていた。そして、一年前の善徳寺の会談をまとめた経験が、戦国大名としてのにこをさらなる高みへと押し上げたのだ。
「褒めたって何も出ないわよ。というか、簡単に私を褒めるようになったところを見ると、あんたこそ歳をとったわね。」
「せやねえ。」
 外では木枯らしが吹いていた。城の庭の巨木の葉が一枚、また一枚と落ちていく。
 「それに」とにこが言う。
「あんた抜きって言ったって、私一人で上洛するわけじゃないわ。今川には岡部に朝比奈、鵜殿や伊丹の家臣がいるし、三河の南家のことりだって成長してるわ。遠州一丸になれば成し遂げられるわよ。」
 希は柔らかな表情でにこを見つめる。幼い頃から生涯を共にしてきた弟子の言葉は、希を満足させるには十分であった。
「だからあんたは私たちが上洛したあとに、ゆっくりと尾張や美濃の観光しながら京まで来なさい。まだまだ国力の整備に時間はかかるけど、その時がきたらきちんとあんたを京に連れてくわ。」
 外の木枯らしが更に強くなった。巨木にわずかについていた葉が、また宙に舞う。
 にこの言葉をゆっくり噛み締めた後、希は口を開いた。
「ありがとう、にこっち。ほんで……」

 

「ごめんな。」

 

 希の言葉の意味をにこは悟った。いや、正確には知っていた。

 

「そう……。もう、逝くのね。」

 

 知っていたのだ。知らないはずがない。幼い頃から生涯を共にしてきた師のことを。
 希はゆっくりと促いた。
「うん。ごめんな。」
「謝らないでよ。」
 にこは即答する。
「あんたがいたから私はここまで来れたのよ。謝られる筋合いはないわ。それにさっきも言ったわ、あんたがいなくても大丈夫。
 ここからは私がっ…」
 涙を堪えきれなくなった。そんなにこに、希は言葉をかける。
「昔、うちに聞いたことがあったよね?『太陽を見たことがあるか?』って。」
 にこが始めて希に天下への志を話した時のことだ。思えばこの言葉から、全てが始まった。
 唐突な問いかけに、袖で涙をおさえたにこは顔をあげた。にこの顔をしっかりと見つめて、希は再び喋り始めた。

「うちにとってはな、にこっち。夢を語るにこっちのその姿こそが、うちにとっての『太陽』だったんや。」

 あの時は、にこの話で言えなかった。
「いつか言おうと思ってたんや。にこっちが天下への想いを喋るとき、にこっちの姿はいつも輝いて見えてたんよ。にこっちの言葉には、人を惹き付ける力がある。
 それは信玄公や氏康公はもちろん、他のどんな戦国大名と比べたって引けをとらない、にこっちの力や。天下を目指すにこっちの姿がある限り、矢澤は天下へその力を示してくれる。うちはそう思ってるで。」
 師の最後の教えは、とても暖かかった。にこは、目尻に残った涙をぬぐうと希を見つめ返した。
「希、約束するわ。私は天下をとる。天下をとって、私自身の夢を叶えてみせる。あんたがあの世からでも私を見つけられるように、輝き続けるわ。」
 にこの決意は、あの日から揺るがない。そしてにこの放つ輝きもまた、少したりともくすんではいない。
「最後に、その言葉が聞けてよかった…。ありがとうな、にこっち……。」
 眩く輝くにこの姿を、希はしっかりと目に焼き付けた。そして、ゆっくりと目を閉じていった。
 東條希。「黒衣の宰相」とも呼ばれ、駿河国矢澤家のもとで、その敏腕をいかんなく発揮した才媛は、静かにその生涯を閉じた。

 


「あいつらと会談してから五年ね……。」
 夏のきざしを感じる駿府城。庭の巨木は、その葉を青々と繁らせている。
「『今日あんたらが帰ったら、明日にでも京へ上ってやるわよ』か…、よく言ったものね。随分と時間が経っちゃったけど、昨日のことのように思い出せるわ。私も若かったわね。」
 俯きながら一人言を呟くと、にこは五年前の善徳寺に想いを馳せていた。

「ほーんま、勢いだけは一級品やね。」

 刹那、にこは顔をあげた。あたりを見回したが、城の廊下には誰もいない。
「気のせい……か。」
 もはや聞くことの叶わない師の言葉。しかし、その存在をいまだかつて忘れたことはない。
「希が亡くなってからも四年経つのね。待ちくたびれたかしら。」
 廊下を抜けたにこは、城の正門へ出た。城の正門には、にこの言葉を今か今かと待つ矢澤の兵がひしめき合っている。━━その数、三万五千。
 にこは、眼前の大軍を見下ろすと「ふう…」と一息ついた。全ての準備は整った。あとは号令をかけるのみだ。
 にこは、手に持っていた采配を振り上げた。
「私たちはこれより京へ経つ!矢澤の力を天下に示す時がきたわ!全軍、出陣!」
 約束を果たすときがきた。合図と共に、城門からあがった喚声は希に届いているだろうか。にこは天を見上げる。

 

(待たせたわね、希。)

 

 

<⑬へ続く>