「Craft SS World!」

戦国時代を中心とした歴史系サイドストーリー!遅筆です。。。

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ⑩

 ──会談の数日前

「今回の会談、にこっちには一人であの二人を相手することになると思うんやけど…。」
「はあ!?あんた、出席しないわけ!?」
 夏の暑い日だ。じりじりとした暑さはどこへやらといった涼しい雰囲気の声で喋る希と、外の蝉の鳴き声に負けない声を出すにこの声がする。
 にこと希は会談を控え、打合せを行っていた。意味深な言葉を口にする希に、にこは質問をぶつける。
「それはちょっとちゃうね。一応ウチも出席はするつもりやけど、たぶんあの二人に途中で追い出されるんとちゃうかな。」
「いやいやなんでよ。晴信や氏康にとってもあんたがいたほうがこの話が進めやすいじゃない。あんたが発案者で、使者としてあいつらのとこに行って話をつけてきたんだし。」
 希は、どこから説明したものやら、と空を見つめながら思案する。
「うーん。にこっち。にこっちと晴信公や氏康公との認識はちょっとずれてるかなぁ。」
「どういうことよ?」
 希の言葉に、にこは怪訝な顔をする。もはやお馴染みの光景だ。
「この盟約の大事な部分についての認識やね。
 にこっちにとってこの盟約の一番大事な部分はどこ?」
「もちろん、上洛のための背中固めよ。あいつらに背中を預けて、矢澤は上洛へ力を注ぐ。あんたが説明した通りよ?
 ……今さら聞くようなことじゃないでしょ?」
 希は縦に首を振る。
「そうやね。じゃあ、武田と北条の一番大事な部分は?」
「そりゃ、うちと同じように背中を預けあって、武田は越後の長尾と戦う、北条は関東の制圧にかかる。これもあんたが説明してくれたじゃない。」
 希はこれには首を静かに横に振った。
「その部分やね、お互いが重要に思ってる部分の認識が違うんよ。そこを読み違えると、この会談、上手くいかないかもしれへんね。」
「縁起でもないわね。もったいぶらずに説明しなさい。」
「せやなあ……」と言うと、希は説明を始めた。
「まずこの会談は三国の利益となることは間違いない。武田は北へ、北条は東へ、そしてうちらは西へ、それぞれ国土を拡げることが可能になる。そしてお互い、領土の拡大と共に、それに見合う兵数や石高も多くなる。」
「私だってそういう認識でいるわよ。それの何が問題なの?」
 何を当たり前のことを、と言わんばかりににこは問いかける。
 希はその問いに対して、さらに問いをぶつけた。
「それなら、その先は?」
「……え?」
「武田が、北条が、矢澤が、それぞれが勢力を拡げていく。拡げて拡げて、この日の本にもうお互いの勢力しかなくなったら?」
 にこは返事につまづく。そんなにこを見て、希はさらに言葉を投げかける。
「そうなれば互いに敵のいなくなった三国で、この日の本の覇権を争うことになるやろね。」
 希の言葉の温度が低くなる。
「そうなった時に一番有利なのは、間違いなくうちら『矢澤』や。
 この三国同盟が成立すれば、機を見て矢澤家は京へ上洛をする。そうなると肥沃な濃尾平野や、人口が多く、高い経済力を誇る畿内を制圧することになる。なにより京を押さえれば、朝廷や帝に対して謁見を行うことができる。
 そうなれば……、今は綺羅将軍がいるけど、そのうちにこっちには将軍か、それに準ずる立場を与えられる。
 矢澤の兵隊達は、ただの兵隊じゃなくて、御旗を掲げる官軍となり、この日の本を乱す者達を打ち破る兵隊になるんや。」
 希の言葉に、にこは息を飲む。希の話は、まさしくにこが求めていた未来図、すなわち日の本を治め、争いをなくすために重要な部分を写し出していた。
 希の声の温度はもう一段低くなり、にこを捉える。
「うちが何を言いたいか……もうわかるよね?」
 にこは静かに頷いた。

「そうさせないように、武田や北条は動いてくる……。
 それが、あいつらにとってのこの盟約の最重要部分ということね。」

 自明の理だ。
 将来的に矢澤が強大な国力を持つ、すなわちそれは武田と北条にとって、将来的な衰退を意味する。水がとうとうと上から下へ流れる、まるで高僧がこの世の当たり前を説くように、希は言葉を紡ぐ。
 いったん希の話を理解しかけたにこは、しかし否定するようにかぶりを振って言った。
「でもそれは、希の考えすぎでしょ?希がそう考えてたって、あいつらはそう考えてないかもしれないじゃない。だいたい、そんな状況になるなんて何年、いや何十年先になるかもわからないのよ。」
 希は間を置かずに返した。
「信玄公も氏康公も傑物やもん。一国の運命を背負って外交に望むんやし、うちが考えるくらいの見通しは考えてるよ。もちろん、その先の景色だって見てると思う。」
 そして、続く言葉が決め手だった。

「それに、にこっちだって、にこっちが思い描いているその景色を、これから現実にしようとしてるやん。
 それが何年先、何十年先になったとしても。日の本の民のために……。」

 にこは目を瞑る。静まり返った部屋に、外の蝉の鳴き声が響く。

「私が夢を追いかけるように、それがどんなに遠い未来だろうと、あいつらも国を強くするために理想を追いかける。
 そして、あいつらには自分達の理想を実現するだけの『能力』がある。」

 希は無言のまま、にこを見つめる。その口からは否定の言葉は聞こえてこない。
 矢澤家と周辺大名のとりまく状況と、希の言葉、そして自分の野望を自らの中で咀嚼しているのか、にこは目を瞑ったままだった。

「それはもちろんにこっちにも、ね。」

 目を瞑ったままのにこに、希はぼそっと呟いた。
「なんか言った?」
「なんでもないよ」
 目を開けたにこの問いに、希は即座に返事をする。
 「あっそ」と言うが早いか、にこは希に問いかける。
「この盟約の武田と北条の認識についてはわかったわ。私の認識を正す必要があることも。
 でも、ここまでの話の中で、別にあんたが会談で追い出される理由は一つもなかったと思うけど。」
 にこの疑問は最初に戻った。元を辿れば、会談への希の欠席発言から広がった話だ。
 希は「せやったね」と一言言うと、にこの疑問に単刀直入に答えた。

「理由は簡単やね。ウチの存在があの二人にとって邪魔な存在だからや。」

 にこは「説明を省かないでよ」と言わんばかりに、冷ややかな目を向ける。
 希は「ごめんごめん」と謝ると、説明を始めた。
「まあ、ほんまに理由は簡単な話で、ウチが交渉に行ってきた時、あらゆる手段を尽くしてあの二人と交渉してきたんよ。」
「あらゆる手段。」
 にこは希の説明の一部をおうむ返しに呟いた。希は頷く。
「そうや。この三国同盟の話、北条はもともと矢澤と敵対してるし、武田も警戒心が強かった。ウチがこの盟約の説明をした瞬間に、さっき言ったような未来を見通されてると感じたんよ。
 だからウチが持ってる全ての情報をひねり出して……」
 希の続きの言葉をにこが先取りする。
「警戒心を解いてきた、ってわけね。」
「いや?さらに警戒心を煽ってきた。」
 希の言葉に、にこはずっこける。ここまでくるとさながら漫才のようだ。
 希はいかにもにこらしい反応をするにこを尻目に説明を続ける。
「ウチら矢澤の間者が探ってきた両家の兵力や兵坦、軍資金、周辺大名の状況をもとに、矢澤の国力と比較して、今ここで三家が互いに争う場合と、三国で盟約を結ぶ場合、どういう未来になるかを説明してきたんよ。」
 希はけろっとして言うが、とんでもないことである。
「それってあんた……、仮にもこれから友好国になろうとしてるところに対して『あなたたちの国力を私たちは探ってますよ』って言ってるようなもんじゃない。
 ……まあ、それは百歩譲ってもいいわ。それより問題なのは『説明』って言いつつ、うちの国力を相手方に教えてるじゃないの!軍事情報は国の機密事項よ!それは聞き捨てならないわ!!」
 一介の大名として、にこの怒りは最もなものだ。ただ、希はその怒りに悪びれもせず返事をする。
「まあまあ落ち着いて。相手の国力を探るなんて、この戦国乱世なら当たり前で、そんなんウチが言葉に出さなくても二人とも知ってることやん?
 それに、ウチらは北条や武田相手に間者を放って情報を掴んでる。それは裏を返せば、相手も当然間者くらい放っててウチらの情報を知っている……ってことや。」
「ぐぐ……。でもあんた、それは屁理屈じゃない。」
 希の言葉に、困った表情を浮かべるにこ。希はさらに追い討ちをかける。
「屁理屈でもなんでも、実際に武田と北条はこの交渉の場に現れることになった。強い警戒心を持っていながらも。それは、晴信公も氏康公も、自分たちと矢澤の彼我の差を自覚したからや。
 自覚したからこそ、ウチの言葉に今後の展望を恐れて、すんなりとこの場にきたんよ。」
 希は、にこが小さな頃からにこの教育係をしてきた。にこは、師とも言える希から多くのことを学び、吸収してきた。そしてにこの成長と共に、矢澤国も成長してきたのだ。

「にこっち、覚えといて。掴んだ情報をただ持っておくだけじゃその価値は半減や。自分が望む展開を作るために使ってこそ、情報は価値を持ってくるんよ。」

 希の言葉に、にこは大きく息を吐き出す。今回の希の教えも、にこは理解し、吸収したようだ。
「わかったわ、希。この場にあいつらを引っ張ってきたのは事実だし、このことは不問にするわ。」
「さっすがにこっち。物分かりがええやん。」
 おどけた言葉と一緒に、希は主君であり、弟子であるにこの成長に笑顔を見せた。そして続けて説明をする。
「でな、にこっち。今言ったみたいな交渉は誰にでもできるわけやないと思うんよ。っていうか、矢澤中の人材を集めたとしてもウチしかできん。」
「あんたそれ、自分で言っちゃうのね……。」
 にこの表情は忙しい。自信満々の希に、今度は呆れ顔をしていたが、すぐに思い直す。
「まあでもそうね。他でもないあの晴信と氏康を相手に、ここまでの芸当ができるのはあんたくらいのもんだわ。」
 矢澤家はもちろん、他家や周辺勢力にも精通しており、間者の情報をもとに状況を分析し、相手の警戒心を逆手にとる大胆な発想と交渉術を持っている人間は他にはいないだろう。
「おっ?珍しく素直に誉めてくれたね。誉めてもなんも出んよ~?」
「うっさいわね。素直に受け取んなさい。」
 にこはまたすぐに呆れ顔に戻った。そんなにこと対照的に、希は真剣な表情に戻る。

「そんな交渉術を持つ人間が相手方にいる状況で、お互いの国益を賭けた交渉をしたいと思う?」

 その言葉でにこは全てを察した。
 この三国同盟はお互いの未来をかけた交渉となる。交渉の中で、どういう過程を経て、どんな結論に至るかはわからないが、希が最初に言っていた通り、少なくとも武田や北条にとっては、この交渉の場における矢澤家の東條希の存在は『邪魔』でしかない。
 希の言葉を理解してなお、にこは上手く言葉を出せなかった。獅子と虎を相手に、希抜きの交渉が現実味を帯びてきている。
 外は日が落ちてきた。うるさく鳴いていた蝉の声もほとんどしなくなっている。
「…………わかったわ。そういう可能性があるということは考慮しておく。
 ……そうなった時にどうしたほうがいいか教えてちょうだい。」
 捻り出したようなにこの言葉は、静かなものだった。
「せやね。」
 希はいったん思案すると、答える。
「第一に、交渉の場からウチを排除するような言葉が晴信公、氏康公のどちらからか出てきたら、にこっちはその提案をすんなりと受け入れること、やな。」
 にこは自分の師の言葉を静かに聞いている。「なんでよ?」とも聞き返さない。
「にこっちが必死になってウチを引き留めようとしても、あの二人のことや。いろんな理由をつけてウチを除けてかかる。そうなるならば、すんなりと提案を飲んでおいて『矢澤方は東條抜きでも交渉できる余裕がある』と思わせるんや。
 逆に必死に反対したら『矢澤方には東條抜きで交渉する余裕がない』と思われるやろからね。」
 ここらへんも希の交渉術だ。あらゆる展開を読んで、自らが最も有利な状態に立てるように策を巡らす。にこも希の意図をきちんと理解したようだ。
「頼んだで、にこっち。」

 

『貴殿はこの場から中座願おう。』

 氏康の言葉は、にこにとってもとより想定していた展開だった。にこが真に驚いたのは、この言葉を聞いたから、というわけではない。一流の占い師の予言のごとくあたる希の言葉に驚愕したのである。
『まあ、まさかこんな直接的な言葉でくるとは思わなかったけどね。』
 にこは二人が希を脅威として認識しているのを肌で感じとった。氏康の直接的な言葉はその裏返しだろう。
 希が退室した後の部屋は一層の緊張感に包まれた。この場には三人の戦国の雄しかいない。
 希を退場させたにこは、二人に問いかける。
「お望み通り東條を退室させたわ。でも、この盟約が『よく状況を全局的に見据えた策』なら東條がいても何も問題ないじゃない。さっさと誓紙を交わして、お互いに留守にしている国元に帰りましょ。」

 嘘だ。この言葉は、にこの本心からの言葉ではない。なぜならにこは、このあとに二人から出てくる言葉を知っている。

「まあまあ、矢澤殿。結論を焦らずともよいではないか。我らはこの盟約について、まだまだ交渉の余地があると思っておるのだ。」
 にこに返事をしたのは晴信だ。
「矢澤殿、儂はこの盟約は非常によき策と思う。よき策なればこそ、さらに互いの利を高め合おうではないか。」
 晴信は続ける。

「この盟約に、さらに条件を付けさせてもらおうか。」