「Craft SS World!」

戦国時代を中心とした歴史系サイドストーリー!遅筆です。。。

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ⑦

 再び時は遡り、五年前。


 駿河の国の駿府城では、一人の少々が駿河の国の地図を広げ、頭を悩ませていた。
「やっかいだわ……。希はいないかしら…。」
 少女が呟くと、その少女の背後からすっと影が現れた。
「うちのこと呼んだ?」
「きゃっ!……ちょっと希、びっくりするじゃない!」
「いやあ、ごめんねにこっち。にこっちがうちのこと呼んでる気がして。不思議な力やね。」
 「希」と呼ばれた少女は、大して悪びれもせず言う。
「ほんっとにあんたって、私のこと驚かすのが好きよね。まあいいわ。ちょっと一緒に考えなさい。」
「なになに?恋の悩み?」
「……あんたに相談しようとした私がアホだったわ。」
「ごめんてにこっち~。」
 二人は軽口を叩き合うと、机の上に広げた地図を覗きこんだ。


 矢澤にこ
 駿河遠江三河等、東海道の広大な範囲に勢力を張る矢澤家の当主である。
 この矢澤家、当時の戦国大名達の中では最大級の勢力を誇る大名であった。本国である駿河をはじめとした三国を手中に治めており、その勢力圏の広さはもちろんのこと、動員できる兵力も四万を誇る。また、隣接する大名家である三河の南家を支配下に抑えており、衛星国家的な役割を強いていた。
 その戦国一とも言われる支配力の強さ、国の豊かさは、尾張高坂家だけではなく多くの大名に知れ渡っており、その矢澤家の当主であるにこは「海道一の弓取り」と呼ばれる戦国の雄であった。
 矢澤家は、名実ともに戦国を代表する大名だったのである。


「で?どうしたん?」
 「希」と呼ばれている少女が、にこに話かける。
「また富士山の南麓に北条の軍勢が出兵してきたわ。この前、希に退けられたのを忘れたのかしら。」
 にこが呆れ顔で言う。
「北条も富士山南麓の地点は抑えておきたいんやろね。矢澤家の駿河の国と北条家の伊豆、相模の国の国境だもん。それに……」
 希が続けて言う。
「この前、退けたいうても毎回ギリギリの戦いなんよ。うちも毎回勝ててるわけじゃないし。」
 矢澤と北条は、矢澤の治める駿河と、北条の治める相模、伊豆の国の国境を巡ってたびたび対立をしている。矢澤側も北条側も一歩も譲らず、富士山南麓では一進一退の攻防が繰り広げられていた。
「北条もやるわね。先代の氏綱が亡くなってから少しは楽になるかと思ったけど、今の氏康も十分に難敵だわ。」
「せやねえ……。氏康殿も先々代の早雲公や先代の氏綱公と比較してもひけをとらない力量やね。」
 にこが「海道一の弓取り」であれば、現在の北条家の当主である北条氏康は世間に「相模の獅子」と言わしめる名将である。さらに北条も戦国の世に名を知らしめた大名であり、その勢力は年々大きくなっている。
「少し前から北条より武田との友好に外交の重点を置いてきたけど、北条のほうがよかったかしら。」
 にこは激戦が繰り広げられる北条との国境に思いを馳せながら呟いた。
「武田は武田で難敵やよ。晴信殿を中心とした家臣団は優秀な人材も多いし、兵もよく鍛えられてるやん。あの騎馬隊を敵にすると思うと、とっても厄介やと思うなあ。」
 駿河の北、甲斐の国では有力大名である武田家がその勢力を誇っていた。武田家当主である武田晴信は、「甲斐の虎」と呼ばれるほどの名将であり、戦はもちろん、治水や人事などの内政も万端に行う大名であった。また、武田家家臣団は、馬場信春山県昌景といった優秀な家臣が揃っており、この甲斐の国も強国であった。 
「は~あ。まあ武田とは同盟を結んでいるとはいえ、東がこんなんじゃいつまで経っても西に行けないわ。京への上洛なんて夢のまた夢よ。」
 にこの顔が呆れ顔から困り顔に変わる。
「にこっちは京へ行きたいん?」
 希は、浮かない顔をするにこに疑問をぶつける。
「言ってなかったっけ?」
 意外や意外という表情をすると、にこは得意満面で説明する。
「京はこの日の本の中心よ。先の山名と細川が応仁の時代に始めた乱で荒廃したとはいえ、いまだに多くの人や物が集まる。そして、天子さまがいらっしゃる。たくさんの魅力が京にはあるの。そんな魅力のある場所、このにこにーにぴったりじゃない!」
「………。にこっちは相変わらずやねえ。」
 希の返事には少し間があった。にこはすかさずツッコミを入れる。
「な~によその間は。……でも、各地の力のある者で、この国の政をとりしきりたい、日の本を掌握したいと考える者は少なくないと思うわ。その者達が考えることは一つ。『京』よ。日の本の中心に集まってくる人や物、政の場所を抑えることこそが、この乱世を制する力につながるというわけね。」
 京への思いを口にするにこに、希は軽い気持ちで相づちを打った。
「目指せ、天下人やね。」
 「天下人」とは、その名の通りこの日の本の天下を治める者である。
 にこが答える。
「あったりまえでしょ~!にこにーは宇宙一の武将よ!天下人になって、この日の本どころか海の外に広がる世界でも天下をとるわ!」
「……。」
「……。」
 再び会話に間が空く。今度は長い沈黙となった。


「……なんてね。」
 その沈黙を破ったのはにこだった。
「ねえ、希。あんた、太陽を見たことがあるかしら?」
「……え?太陽?」
 突然の質問に希は面食らう。
「太陽といっても、お天道さまのことじゃないわよ。『太陽みたいな人』ってこと。」
 希は沈黙する。そんな希に、にこは話を続ける。
「私はあるわ。昔、将軍の代替わりの際、駿河守護として挨拶をするために京へ上ったことがあるの。その時にそのお方がいたの、綺羅家将軍、ツバサ様がね。」


「綺羅ツバサ」
 綺羅家第13代将軍であり、応仁の乱により乱れた世の中と、失墜した幕府の権威を取り戻そうと各地を行脚し、奮闘をした人物である。


 にこは思い出を語る。
「この今の乱世を治めるために奮闘されていたお姿は、本当に輝いて見えたわ。まるで太陽のように、そして、私もこんなふうに輝いてみたいって思わされたくらいには、ね。」
 希がやっと口を開いた。率直な疑問をぶつける。
「にこっちは将軍になりたいの?」
 その質問に、にこは首を横に降る。
「それは違うわ。私は、国難を背負った時にあの方のように堂々と立ち向かえるか、それを阻む者と会った時にあの方のように刃を振るうことができるか、あの方と同じ状況に立った時にあの方のように自分が輝けるか。それが知りたいし、その上であの方のように輝いていたい。そう思うの。将軍や天下人というのはその輝きの前では意味を持たない。人のあり方や役職の一つでしかないのよ。」
 希はにこを真っ直ぐ見つめた。そんな希をにこも真っ直ぐ見つめ直す。
「だから私は京へ行きたい。京という舞台で、あの方と同じ場所で、踊ってみたいの。こんな所で、北条なんかに立ち止まってられないわ。」
 自らの夢を語るにこを見て、希は眩しそうに目を細めると小さく呟いた。
「その言葉、しかと受け止めたよ。」
「え、何?何か言った?」
 にこはその呟きに反応する。希は、返事の代わりに、意を決した顔で進言をした。
「にこっち、ずっと前から暖めてきたうちの策を聞いてくれる?今の東の膠着状態を打破する作戦なんやけど……。」
 にこは目をぱちくりさせると、希の提案に勢いよく食いついた。
「なになに?そんなものがあるなら早く聞かせなさい!」
 希は少しだけ間を置くと、一言だけ言葉を紡いだ。


「にこっちには、ある人達に会ってもらうよ。」
 

<その⑧へ続く>