「Craft SS World!」

戦国時代を中心とした歴史系サイドストーリー!遅筆です。。。

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ⑥

 尾張那古屋城下。


「凛が…高坂の殿様が指定してきた待ち合わせ場所は…ここね。」
 時は初夏。ジリジリと暑くなり始め、田植えが終わった田畑には青々とした光景が広がる。
 那古屋城下では、矢澤軍が迫りくる中、領民たちによる今年の豊作を願うお祭りが行われていた。
「さて、むこうさんはまだかしら。」
 祭りが行われてる場所からほんのわずかだけ離れたお堂に一人の少女が現れた。ここではお祭りの様子をうかがうことができる。
 どうやら待ちぼうけを食らっている少女は、祭りの様子を眺め始めた。すると、領民達にまざって見知った顔が、躍りを踊っていた。
「あれは……凛?」
 その見知った顔は、隣でほおかむりをかぶった領民の少女と楽しげに踊っている。見知った顔とは他でもない、高坂家に仕える星空凛のことだ。
「矢澤軍が迫っているっていうのに、気楽なものね…。」
 少女は少し呆れたようにため息をついた。そのため息が聞こえたわけではないだろうが、凛は少女の方を向いた。少女に気付くと、凛は隣で踊っていたほおかむりの肩をトントンと叩く。そして、ほおかむりと共に少女の方へ歩き始めた。
「真~姫ちゃ~ん!」


 西木野真姫
 尾張の有力勢力「川並衆」をまとめる西木野家の当主である。
 川並衆は、尾張三河を流れる木曽川近圏に勢力を張り、その木曽川を使った物流を生業とした集団である。また、尾張近隣の集落を荒らすこともあり、そうした物流や盗賊行為で生計を立てていた集団である。
 彼らの勢力には野武士や夜盗が多くいた。この時代、浮浪者や犯罪者は川に流される事例が多く、彼らが根を張る木曽川も例外ではなかった。そういった者達も川並衆は取り込んでいたため、彼らは盗賊行為を生業の手段の一つとして行っていたのである。そして前述もしたが、川並衆は過去には何度も尾張の治安維持から何度も高坂家と対立している。
 しかし、川並衆の生業の術として、盗賊行為をよしとしない者がいた。それが、この川並衆の頭領である西木野家の当主、真姫である。
 川並衆は、高坂家や矢澤家のようないわゆる「大名」と呼ばれる勢力ではない。高坂家や矢澤家は、もともと「守護」や「守護代」などの地位を付けられ、この時代の幕府からその国を治める役割を与えられた家なのである。
 川並衆はそうではない。幕府に認められた地位、いわば公権力の後ろ立てはないが、地域の有力者のもとに人々が集まり、その有力者を中心にその地域に根を張る勢力であった。川並衆の場合、その地域の有力者が西木野家であった。
 地域に根づいた勢力だからこそ、真姫は地域を大切にした。そして、高坂家のような大名勢力との対立を避けた。地域の集落を荒らすような行為は厳禁とし、野武士や浮浪者といったにもはぐれ者達にも田畑を耕させ、木曽川を下る船を漕がせ、木を伐らせ丸太をかつがせた。盗賊行為の代わりとなる生業、仕事を与えたのだ。
 これにより地域の民衆達との繋がりがさらに強まり、もともとの生業としていた木曽川の物流はさらに規模が大きくなった。また、高坂家との対立の軟化は、川並衆の勢力の消耗を抑えることへ繋がった。こうして、川並衆は尾張の有力勢力となっていったのである。


 凛とほおかむりは真姫のもとまで歩み寄った。近づいてきた凛に真姫は尋ねる。
「で?凛。今日会いたいって行ってきた高坂のお殿様はいつまで待たせるのかしら。私も忙しいのだけれど。」
 その質問に答えたのは、意外にもほおかむりの方であった。
「ごめんね西木野さん。私が高坂家当主、高坂穂乃果だよ。」
 ほおかむりを身につけ、凛や領民達と踊っていた少女は、穂乃果であった。
「あなた、なんでそんな……。」
 これにはさすがの真姫も面食らい言葉を失う。「こんな時だし、誰が見ているかわからないからね。領民に気付かれて騒ぎになってもまずいし。」
 穂乃果は真姫にそう答えると、凛に指示を出す。
「凛ちゃん。ここは西木野さんと二人で話をさせてほしい。凛ちゃんはここで誰か近づいてくる人がいないか、見張ってて。」
「わかったにゃ。上手くいくといいね。」
「うん、ありがとう。」
 穂乃果はほおかむりをとり、改めて真姫に向かい直った。
「それじゃあ西木野さん、少しだけ話をさせてほしい。」
 穂乃果はそう言うと、真姫と一緒にお堂の中へと入っていった。


「西木野さん、この度は忙しい中来てくれてありがとう。」
 お堂の中に入った穂乃果は、開口一番、謝辞の言葉を述べる。
「お礼なら凛と花陽に言うといいわ。あの二人以外の頼みなら聞かなかったわよ。」
 この日の前日、凛と花陽は真姫のもとへ今回の穂乃果と真姫の対面が実現するよう、訪問をしていた。凛の予想通り、最初真姫は
「高坂のお殿様と対面?絶対行かないわよ。」
とまで言っていたが、二人は真姫に頭を下げ頼みこみ、時にはなだめすかし、時には泣き脅しをし、時にはお土産に持っていった花陽のおにぎりを真姫に頬一杯に食べさせ、途中から星空邸へ来ていた男が加わり目一杯頭を下げて、なんとかこの対面を実現させたのである。
「ところで高坂のお殿様が私に何の用かしら。川並衆の頭領の私を捕まえにきたわけ?認められないわ。」
 単刀直入に真姫が本題に入る。
「そうじゃないよ。そうじゃなくて今度の矢澤家との戦、川並衆にも協力してほしいんだ。」
 穂乃果がお願いをする。それに対する真姫の答えは、
「それもお断りね。」
と、とりつく島もない。真姫は続けた。
「私の集める限りの情報で、あなた達の高坂家が矢澤の軍勢に勝てる要素が一つもない。私達みたいな後ろ立てのない勢力が一番考えなくてはならないことは、私達をとりまく環境とぶつからないこと。だから近年、配下の者達の盗賊行為をやめさせたわ。それは、あなた達高坂家とぶつからないこと、そうするための指示よ。そして今後は矢澤家ね。今後の戦いに勝ち、この尾張を治めるであろう矢澤の敵になることは絶対に避けなきゃならないの。」
 さらに真姫が続ける。
「この戦い、高坂家に協力しないこと。これは高坂家に何か恨みがあるわけじゃないわ。いや、過去に対立して仲間を殺されてるわけだから、決して恨みがないわけじゃないけど、それは領内の治安維持をする高坂家の立場からすれば当然のこと。だからそこは割りきって考えてる。でも、それを差し引いても、矢澤に弓を向けることへの不利益のほうが大きいのよ。」
 穂乃果は真姫の言葉を咀嚼する。そんな穂乃果を一瞥すると、真姫はたたみ掛けるように言う。
「……このお祭り、矢澤家がせまっている中、いわば緊張状態の中でも例年通り行われてるの。なんでかわかる?」
 真姫は一呼吸置くと言葉を続けた。
「民衆達の一番の願いは、これから育てる作物が豊作で、自分達の暮らしが豊かになることなの。それがたとえ、尾張を治める者が高坂であろうが矢澤であろうが、ね。」
「私達は、そんな民衆達に寄り添いながら生きてきた。時には狼藉や盗賊の真似事をしたこともあったけど、周りの民衆のおかげて私達も仕事をして生活ができているの。だからこの民衆達を大事にしなくてはならないの。この人達に一番近い存在として、矢澤と戦って万が一でも彼らに不利益を与えることはできないの。」
 川並衆の原動力。それは頭領である真姫の民衆を思う強い気持ちである。川並衆の者達は、そんな真姫を尊敬し、その姿についてきているのだ。

 押し黙っていた穂乃果が口を開いた。
「西木野さんの気持ちはわかったよ。」
 それに続く穂乃果の言葉は、真姫を驚かせるものであった。
「それなら、矢澤家と戦わない形で高坂家に協力してもらうことってできないかな?」
 今度は真姫が押し黙る。真姫はその言葉の真意について考えたが、ややあって口を開く。
「言っていることが理解できないわ。どういうことかしら。」
 ここで穂乃果は、彼女の中で暖めていた作戦を披露した。
「川並衆には、矢澤家に戦の陣中見舞いの品を献上してほしいんだ。」
 やはり真姫には理解ができない。
「陣中見舞いをするだけでいいの…?」
 穂乃果が続ける。
「それでね、陣中見舞いの際に矢澤家の当主、矢澤にこちゃんに謁見することができたらこう言ってほしいの。」
 穂乃果が真姫の耳元で喋りかける。その言葉はまたもや真姫を驚かせた。真姫は思わず大きな声を出す。
「ゔぇえ?あなたそれ、自分から戦の勝ち筋をつぶ……」
「しっ!声がおっきいよ!誰が聞いてるのかわからないのに!」
 穂乃果は反射的に真姫の口を塞いだ。そしておそるおそる手を放すと、改めて真姫に尋ねた。
「で、どうかな?これなら、矢澤家を相手に戦うこともない。それに矢澤家の戦の陣中見舞いを持っていった上に、戦に関する有益な情報を与えたとして、もしこの戦で高坂家が滅んだとしても、矢澤家に悪いようには扱われないと思うんだ。これなら川並衆のみんなや西木野さんに迷惑はかからないし、立場は守れると思う。これで…協力してくれないかな?」
 穂乃果の作戦を聞いた真姫は、少しだけ考えると穂乃果に尋ねた。
「陣中見舞いは持って行っても、向こうの大将に上手く謁見することができないかもしれない。ましてや、話の流れでさっきあなたが指示してくれた言葉は言えないかもしれない。」
 穂乃果が答える。
「それならそれで大丈夫だよ。西木野さんがそう言ってくれればより効果的ってだけで、作戦自体はそれがなくてもできると思う。でもきっと、にこちゃんだったら謁見の場を設けると思うんだ。」
 穂乃果が続ける。
「だって、矢澤家にとって川並衆は、これから治めようと考えている国の有力勢力だから。その頭領との対面は絶対にすると思う。」
 
 真姫は熟考し始めた。穂乃果が話してきた作戦を噛みしめ、飲み込み、その意図を理解しようとする。
 無言の時間は、長くは続かなかった。
「外の空気を吸いながら考えさせて。」
 真姫が提案する。穂乃果は「もちろん」と言うと、お堂の戸を開け放ち、外へ出た。

 

 外では凛が少しだけ心配そうな顔をしながら待っていた。お堂から出てきた二人の姿を認めると「どうだった?」と尋ねかけた。
「そうねえ。」
 真姫が凛の問いかけに答えようとしたが、その前におもむろに穂乃果の方を向いて話しかけた。
「その前に高坂の殿様。少しだけ外してくれるかしら。凛と少しだけ話がしたいの。」
「……?いいよ。じゃあ穂乃果、向こうで踊ってくるね。」
と、穂乃果は再びほおかむりを身につけ、躍りの輪の中へ向いて歩き出した。しかし、二、三歩歩いたところで穂乃果は真姫のほうに向き直って喋りかける。
「ところで、その『高坂の殿様』って呼び方、少し照れくさいからよしてほしいな。『穂乃果』でいいよ。」
 そう言うと穂乃果は再び躍りの輪の中へ向かった。
 真姫と凛が対面する。
「あなたのとこの殿様、何を考えてるかわからないわ。」
 喋り始めたのは真姫だ。凛は少しだけ苦笑いすると返事をする。
「あはは。よく言われるにゃ~。」
「あなた、私たちのとこを抜け出したと思ったら、あんな『アホの子』のところに行ってたと思うと……自分が情けなくなるわ。」
 凛は過去に川並衆にいたが、穂乃果に仕えるために川並衆を抜け出している。
「でもきっと、あの人はあの人なりに、私達のことまで考えての作戦を提案をしてきたのね…。」
 真姫の心は揺れていた。穂乃果の作戦はたしかに真姫達の立場を守ることができる。しかし、穂乃果の作戦は真姫の理解の範疇を越えていた。ある意味、得体の知れないものに手を出すような気分である。
 そんな真姫に、凛は尋ねる。
「なんで穂乃果ちゃんが、真姫ちゃんと会う場所に、このお祭りの場所を指定したと思うにゃ?」
 唐突な質問に真姫は少しだけとまどう。
「さあ。わからないわ。」
 凛が答える。
「穂乃果ちゃん言ってたにゃ。『穂乃果は尾張の領民達が笑って暮らしていけるような、そんな世の中を作りたい。このお祭りという場所は、尾張の領民達が幸せを願う場所。そういう場所に行くことで、この場所を守る、尾張のみんなを守る、そういう勇気をもらうことができるんだ』って。」
 真姫の迷いが少しずつ晴れていく。
「その穂乃果ちゃんの願いは、真姫ちゃんの思いと一緒なんじゃないかにゃ?」
 しばらく無言が続く。
 真姫は躍りの輪の方に目をやる。そこにはほおかむりをかぶっても一際輝きを放つ少女がいた。
 真姫が呟いた。
「私もヤキが回ったみたいね。」
 真姫は目を瞑って少しだけ口角を上げると言った。
「高坂家に協力させてもらうわ。せいぜい上手くやりなさい、『穂乃果』。」

 

<その⑦へ続く>