「Craft SS World!」

戦国時代を中心とした歴史系サイドストーリー!遅筆です。。。

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ④

 夜。
 一人で住むには広い屋敷の一部屋で、少女が文机へ向かっている。この屋敷には少女の他には誰もいない。
 少女が部屋の外にいる気配に気付く。
「誰?そこに誰かいるの?」
「こんばんは、絵里ちゃん。」
「穂乃果……。」
 部屋に差し込む月光が二人の影を照らし出す。その影は、お互いを見つめたまましばらく動かない。
 ややあって穂乃果が口を開く。
「このお屋敷、誰もいないんだね。」
「ええ。矢澤の大軍が来るから、お手伝いさんにはみんな暇を出したわ。」
「そっか。」
 どこか話しづらそうにする穂乃果に、絵里が本題を切り出す。
「で?こんなところまで来てどうしたのかしら?さっきまで軍議で一緒だったじゃない。何か私に言いたいことがあるんでしょ?」
 真姫に会いにゆく凛に細かな指示を出し、凛の屋敷から帰った後、穂乃果は高坂家の重臣を集めて軍議を開いた。
「うん……。」
「どうしたの、穂乃果らしくない。なんでも言いなさい。矢澤の軍勢が来るのに時間がもったいないでしょう。」
「うん…。その矢澤家との戦の話なんだけどね……。」
 先程から穂乃果はどこか歯切れが悪い。
「そうね。さしづめ用件は、私に『丸根砦を任せる。』と言ったところかしら。」
 その言葉を聞いた穂乃果は驚愕した。
「なんでわかったの!?」
 絵里は少しだけやれやれと言った表情を浮かべて、答える。
尾張への侵攻の中で、兵糧、荷駄、兵隊の休息箇所として、大軍の矢澤軍が尾張への最前線基地となる大高城を使うのは必須。ただ、矢澤が大高城へ入城するには、高坂が大高城への牽制として、東海道方面から大高城への進路内へ築いた丸根砦を陥落させる必要がある。だから丸根砦が今回の戦の最激戦地となるのは間違いない。」
 絵里が続ける。
「そこへ配属される軍勢の全滅は必至。軍勢を率いる将は、もちろん死を覚悟する必要がある。こうと決めたらその道を突き進む、高坂の当主様の歯切れが悪くなるような指示と言えば……、それしかないわよね。」
 まるで修行を積んだ禅僧のようだ。絵里の説明には一分の隙も、一切の無駄もない。
「さすが絵里ちゃんだね。」
「わかるわよ、穂乃果の考えてることは大体。」
 昔からそうだ。穂乃果の考えることは、絵里の手のひらの上にある。


 先程から穂乃果に「絵里」と呼ばれている少女こそ、「尾張一の戦上手」と言われる武将、綾瀬絵里である。
 過去に穂乃果が高坂家の家督を継ぐ際、高坂家は彼女を当主に推す勢力と反対する勢力で二分した。高坂家の重臣が次々と反対派へ加担する中、絵里は穂乃果と共に戦った。
 そして、その明晰な頭脳と戦へ関する引き出しの多さは、穂乃果の尾張統一を幾度となく支えた。
 また、当主と家臣の立場ではあるが、穂乃果が幼い頃からの友人の一人であり、まさに穂乃果の右腕のような存在である。


「さすが、『尾張一の戦上手』は伊達じゃないね。」
「やめなさいよその呼び方。それなりに恥ずかしいんだから。」
緊張に包まれながらも、そんな軽口を叩き合うことができるのがこの二人である。そして、
「そうだよ。絵里ちゃんに丸根砦に入ってもらうお願いにきたんだ。」
穂乃果が意を決した顔で喋り始めた。
 穂乃果が絵里の屋敷へ来る前に行った軍議の確認するような話であり、現在の絶望的な状況を反芻するような内容となった。しかしこの精神力こそ、彼女が「尾張一の戦上手」と呼ばれる所以だろう。絶望的な内容の話をする穂乃果の目を見つめる絵里の顔色は、何一つ変わらなかった。
 ただ、さしもの絵里も少しばかり顔を曇らせた話があった。三河を統治する南家の当主、南ことりの矢澤方での参戦である。
「そう…。ことりが、ね。いつかこんな日がくるとはわかっていたけれど。」
 先ほどから「ことり」と呼ばれる少女は、高坂家で人質として幼少期を過ごした。南家と高坂家、矢澤家の関係や、彼女自身の詳しい話は後述とするが、穂乃果と絵里はこの「ことり」が人質時代に一緒に過ごした過去がある。
「まさにこれがこの時代、というわけね。」
 絵里はため息をついた。
「こんな時代は……。」
 穂乃果が思い詰めた顔で何かを呟く。
「穂乃果?」
 表情が険しくなっていく穂乃果に絵里が話しかける。穂乃果はハッとすると絵里に向き直った。
「ううん、ごめん。なんでもない。さっきの話の続きなんだけど、丸根砦に入って戦ってほしい。この役目を果たせるのは、絵里ちゃんしかいないんだ。」
「そうね……。」
 絵里は押し黙って俯くと、彼女の頭の中で思考を巡らせ始めた。
 ややあって口を開く。
「わからないことがあるわ。」
「なに?」
「さっきの軍議でもあったと思うけど、あなたの選択した方針は籠城だったでしょう?この清洲での籠城戦になるけれど、そこで私が采を振るう場所はないのかしら?」
「……。」
 今度は穂乃果が押し黙る。
「それとも、丸根砦で私だけで矢澤軍を壊滅せしめろ、ということかしら。さすがにそれは無理よ。」
「違う!違うよ!」
 穂乃果は強く否定すると、絵里に近づく。そして、絵里の耳元で彼女の作戦を喋り始めた。


 穂乃果が喋り始めて、どのくらい時間が経っただろう。
 ほんの四半刻もしない時間だっただろうが、穂乃果が耳元で囁く言葉は、絵里にとっては春の日の夢のように暖かく、心地よく、長い時間だった。
 穂乃果が作戦を説明し終わる。
「……どうかな?やっぱりだめかな。」
「全く…呆れたものね。」
 穂乃果が寂しそうな表情をする。
 絵里は少しだけ口角を上げると、穂乃果に言った。
「穂乃果。どんな無謀な作戦でも、あなたの口から聞くと『できるかもしれない』って思ってしまうわ。」
 穂乃果の表情に光が戻る。
「それじゃあ!」
「ええ。穂乃果の作戦で承知したわ。」
「ありがとう絵里ちゃん!」
 絵里に抱きつく穂乃果。絵里は穂乃果の頭をポンポンと軽く叩く。
 改めて二人が向き直る。
「それでね、絵里ちゃん。もう一つお願いがあるんだ。」
「なに?もうさっきの作戦以上のことは私でも無理よ。」
「ううん。これは無理でもやってもらわなきゃいけない。」
 穂乃果は、きゅっと表情を引き締めた。


「さっきの作戦を成功させた上で、無事に清洲まで帰ってきて。」


 一瞬だけ遅れて、絵里が反応する。
「穂乃果……。」

「この作戦を成功させて、尾張に無事に帰ってこれることができる将なんて他にいない。絵里ちゃんしかいないんだ。」
 穂乃果は、さらに表情を締めると、口を開いた。
「穂乃果ね、いつも思うんだ。今の時代って、とってもつまらない。田畑は荒れ、建物は焼け、人々が飢餓に苦しんで、いろんな人達の権力争いで人が人を殺すような時代。
 それに、ことりちゃん……、戦いたくもない人と、大事な人と戦わなくてはならない時代。
 無事に明日がくるかどうかもわからない。この苦しみからいつ解放されるかもわからない。
 こんな誰も幸せにならないような時代は、誰かが終わらせなくちゃいけない。」
 穂乃果は一呼吸置くと、絵里に、そして自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「だからこんな時代は、穂乃果が終わらせる!」


尾張だけじゃない。三河も美濃も駿河も、この日の本の全ての国で戦争をなくして、みんなが明日を向いて笑って生きていけるような、そんな時代を作りたいんだ。
 それまでは厳しいこともたくさんあるだろうし、戦わなきゃいけない時もあると思う。でも、穂乃果の目指すその時がくるまで、絵里ちゃんの力を、その采配を貸してほしい。
 そしてその時がきたら、みんなに、もちろん絵里ちゃんにも、笑って暮らしてほしいんだ。穂乃果の目指す未来に、絶対に絵里ちゃんもいてほしいんだ!」
 力強い穂乃果の言葉。その言葉には輝きが籠もる。
「まるで太陽ね……。」
 ぼそっと絵里が呟く。
「えっ?なになに?」
 その呟きは穂乃果には聞こえなかったらしい。
「なんでもないわよ、欲張りさん。」
 絵里はまた、少しだけ口角をあげると、両手をつき穂乃果へ頭を下げた。
「承知したわ。身命を賭してもこの作戦、完遂させる所存よ。」
 尾張高坂家の名将、綾瀬絵里の瞳に静かに炎が灯る。その両の瞳は、「絶望」という名の固く重く閉ざされた扉をこじ開けるべく、この戦いとその先の未来を見据え始めた。

 

<その⑤へ続く>