「Craft SS World!」

戦国時代を中心とした歴史系サイドストーリー!遅筆です。。。

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ⑤

 時は巻き戻り、二刻前──。


「も~真姫ちゃんと会わせろだなんて!穂乃果ちゃんも無茶なことを言うにゃ。」
「ふふっ。でもその割に、凛ちゃんあんまり嫌がってないね。」
「そりゃ穂乃果ちゃんにあそこまで言われたら仕方ないにゃ。ほらかよちん、はやく行くよ。」
「うん。お土産のおにぎりもいっぱい握ったし、うまくいくといいね。」
 星空邸では、凛ともう一人の少女が川並衆の頭領、西木野真姫を訪ねる準備をしていた。


 「花陽」
 凛と喋っている少女の名前である。
 高坂家へ仕える武士の家に生まれ、幼い頃に同じく高坂家へ仕える武士の家の養女となった。その後、縁あって凛と結ばれることとなった。
 優しく、周りへの気配りと面倒見のよい性格であるが、彼女の何より特徴は、白米への情熱が凄まじいことである。
 後の時代に名将と呼ばれた加藤清正福島正則といった凛の家臣は、彼らの幼い頃から彼女が面倒を見て、そして彼女が作ったおにぎりで育った。彼らの活躍は、また別の機会で話すこととしよう。
 凛とは、この時代には珍しく恋愛結婚で結ばれている。高坂家の末端の家来であるとはいえ花陽の生まれは武士の家、凛の生まれは平民と、この時代の中では埋めることができないほどの大きな身分の差があった。
 当然に花陽の家を中心に凛との結婚の反対は強かった。しかし彼女は凛との結婚を強く決心し、周囲の反対を押しきった。結婚式は、世の多くの女性が望む華美なものではなく、周囲に反対された事と凛の身分の低さから藁を敷いて、足軽長屋で行われた質素なものであった。それほどに凛のことを想う少女である。
 そしてその強い想いは、後に天下人まで駆け上がっていく凛の心の支えとなる。この話もまた、別の機会にすることとしよう。


 凛と花陽は屋敷を出た。
 最初は他愛もない話をしていた二人だったが、やはり迫りくる大きな危機への緊張感からか、だんだんと無言になる。凛は時々、思案にふけるようにぼうっと虚空を見つめ、表情にはときおり影がさす。花陽はそんな凛を心配そうに見つめる。
 そんな重い雰囲気を変えようとしたのか、花陽が口を開く。
「そう言えば、なんで凛ちゃんと真姫ちゃんは知り合いなの?」
「にゃ?」
 不意をつかれたのか、凛は少し驚いた顔を見せると、ためらいながらも喋り始めた。
「そいつは少しばかり長い話になるにゃ~。」


 前述したが、凛は尾張の平民の家の子として生まれた。彼女には要領がよく、愛嬌があるという長所はあるが、それ以外に得てして武士となるような要素は一つもない環境で育った。
 幼い頃に父親を亡くし、母親が再婚をしたあたりから、少しずつ彼女の運命は動き出す。新しい父親と反りが合わなかった彼女は、その環境に耐えかねて家を出た。
「凛にはきっと、商才もあったんだにゃ。」
 家を出る凛に、凛の母親は亡き父親が残した一貫文の銭を餞別として与えた。凛はそれを元手に針を買い、その買った針を売りながら東海道を歩いた。東海道は木綿や反物の産地であり、凛の狙い通り針はよく売れ、針売りで得た金で日々の生活と路銀を賄っていた。
「凛は一度、今川に拾われたことがあるんだにゃ。」
 針売りは好調ではあったが、元手が少なく、長くは続かなかった。手元の金がなくなり、生活に困窮していた頃、松下嘉兵衛という今川の武将に拾われる。松下は引馬城の支城を任される武将であった。困窮する凛を見てかわいそうに思ったのか、松下は凛を拾い、凛は松下の小姓として仕えることとなる。
 凛は松下のもとでその才能の片鱗を見せつけた。加えて持ち前の愛嬌もあり、どんどん出世をしていく……はずだった。
「でも、周りから疎まれるようになったんだにゃ。」
 出る杭は打たれる。故事成語にもあるように、凛の才能と愛嬌は、松下に可愛がられる反面、松下のもともとの部下からの反感を買うようになった。部下たちにとっては、長年松下に仕えている自分達より、流れ者の凛が出世するのは面白くなかったのだろう。次第に、凛が仕事がしにくくなるような雰囲気が出来上がっていった。
「それでも松下様は優しかったにゃ。」
 松下も長年仕えている部下達の立場を考えたのであろう、三年ほど経った頃、凛に暇を出した。同時に松下は凛のことを憐れがり、「お主はここで埋もれるには惜しい才能だ。これで出会う前のように針売りでもしながら、身を立てる場所を探しなさい。」という言葉とともに、凛に路銀を渡した。松下の見せた精一杯の優しさを胸に、凛は引馬を旅立ったのである。
「そしてもう一人、凛の恩人に出会ったわけだにゃ。」
 松下のもとを去った凛は、再び諸国を巡り歩いた。獅子のいる相模、虎のいる甲斐、龍のいる越後、蝮のいる美濃、そして凛が最後に選び、辿り着いたのは「アホの子」のいる尾張であった。
 尾張へ戻ってきた頃には手持ちもなくなり、凛は再び生活に困窮していた。着る物以外に何もなくなり、建物の中で寝ることもままならなくなったある夜、矢作川という川にかかった橋で寝ていた凛はある少女と出会う。その少女こそが、


「真姫ちゃんってわけにゃ。」


 真姫と出会った凛は、真姫のもと、川並衆で再び雇われ生活を始める。無論、凛は真姫のもとでもその才能をいかんなく発揮した。今川時代とは違い、真姫にも川並衆の同僚にも認められる時間であった。
「真姫ちゃんのところでの生活は本当に楽しかったにゃ。川並衆のみんなも家族みたいなものにゃ。でもね……。それでも凛は、凛自身を賭けてみたくなったのにゃ。この尾張をところせましと、太陽のように駆け回る『尾張のアホの子』に。」
 凛は、別れを惜しまれながらも真姫のもとを去ると、尾張高坂家へ仕え、現在に至るのである。


 凛が喋り終わる。花陽はその話を反芻する。凛の半生、その壮絶な過去を。
 花陽も凛もお互いに口を開かない。しばらく沈黙の時間が続いた。その沈黙を破ったのは、凛だった。
「実はさっき、かよちんのことを考えていたんだにゃ。」
 今度は、花陽が不意をつかれたような反応をする。
「……?私の?」
「うん……。」
 凛は少しだけ逡巡すると、再び喋り始める。
「凛はね、穂乃果ちゃんに仕えてよかったと思っているんだ。今川時代と違って、凛自身の思うように行動したり、働いたりできる。他の人からは生まれや身分から考えたら、少しくらい疎まれることはあるけど、それ以上に結果を出せば出世ができる。凛の才能次第で、どこまでもいける環境を穂乃果ちゃんは用意してくれてるんだ。穂乃果ちゃんは、凛が普通に生きていたら見ることができない景色を見せてくれる。どこへでも連れて行ってくれる。だからね……。」
 凛は次の言葉を紡ぐのに再び逡巡する。そして意を決して喋り出す。


「だからね、この戦いに負けて…、万が一、死ぬことになったとしても……、凛はきっと後悔はしないと思うんだ。」


 花陽は黙って凛の言葉を聞く。
「でもね。でも、この戦いに負けたら、かよちんは?かよちんだけじゃない、家族同然に過ごしてきた真姫ちゃんや川並衆のみんなは?凛は後悔はしない。でも、凛の大事な人達の生活はみんな一変しちゃう。凛と一緒に戦って、後悔するかもしれない。下手をしたら、みんな……死んじゃうかもしれない。凛はそれが耐えられないんだにゃ……。」
 凛はまた困ったような、思案するような顔に戻る。
 そんな凛に花陽は、優しく、そして厳しく一喝した。


「馬鹿なことを言っちゃだめだよ。凛ちゃん。」


「え……?」
「私だって生活がめちゃくちゃになったり、死んだりするのは怖いよ。でも、凛ちゃんが穂乃果ちゃんのことを、どこへでも連れて行ってくれる存在だと思ってるように、私も凛ちゃんのことをそう思ってる。凛ちゃんは私にいろんな景色を見せてくれる。いろんな場所へ連れていってくれる。私は、そんな凛ちゃんのことを好きになったんだよ。この戦いの結果はわからない。だけど、最悪の結果になったからって、凛ちゃんと一緒にいることを後悔することはないです!」
「かよちん……。」
 花陽がさらにまくし立てる。
「それは多分、真姫ちゃんだってそうだよ。真姫ちゃんの場合は、真姫ちゃんの存在自身が川浪衆のみんなの生活を支えているから一概には言えないとは思う。でも、凛ちゃんの想いを伝えたらきっとわかってくれると思うよ。」
 花陽のありったけの想いは、凛に届いたようだ。 凛の顔に光が戻る。
「そうだね!ありがとかよちん!先のわからないことで悩むなんて凛らしくなかったにゃ。」
「そうだよ凛ちゃん。凛ちゃんらしくしないと真姫ちゃんも聞く耳を持ってくれないよ。」
 凛の表情は完全に晴れた。もう、迷いはどこにもない。
「うん!よーし、かよちん。元気出していっくにゃーーーー!!!」


 この先、凛と花陽は、この時は想像もしていなかった場所まで登りつめることとなる。その長い長い旅路へ今、二人はその一歩を踏み出した。

 

<その⑥へ続く>