「Craft SS World!」

戦国時代を中心とした歴史系サイドストーリー!遅筆です。。。

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ③

「わっかんな~~~い!!!」
 清洲城の一室から聞こえてくる大きな声の主は穂乃果だ。
 高坂家は今、隣国の東海道矢澤家の侵攻を前に、未曾有の危機を迎えている。穂乃果は海未と、対矢澤の対応を練っているところである。が、
「詳しい状況もわからないままだし、ちょっと状況が悪すぎるよ。」
穂乃果が困った困ったといった表情を見せる。
「今回はこれまでの小競り合いのようにはいきませんものね。こういう時こそ軍議を開いて、家臣の皆の力を借りるべきではないですか。」
海未が言うと、
「みんな混乱しててまともに話なんてできるわけないよ。海未ちゃん、わかってて言ってるでしょ。」
と、穂乃果が返す。
「はい。わかってて言いました。」
「うわ海未ちゃん意地悪~。」
穂乃果は、仰向けに寝そべってだだっ子のように足をバタつかせる。
 一応、軍議はしたのだ。朝餉を食べたあと、穂乃果は高坂家の重臣を集めた。矢澤家の侵攻は尾張の国の存続がかかった一大事である。
 しかし、この未曾有の危機に晒された高坂家臣団は、穂乃果の言うとおり混乱していた。混乱した集団では、建設的な議論などができるはずもない。特に矢澤勢への対応方針については、城を出て戦う「出陣派」と、城の中にこもって戦う「籠城派」で家臣団が真っ二つに割れ、感情的になり叫び出す家臣すら現れる始末であった。
 そんな軍議の様子を思いながら足をバタつかせる穂乃果に、海未は「はしたないですよ」と言った後、続けた。
「でも、一人で考えたとしても妙案が浮かばないのなら、誰かと知恵を絞らなくてはいけないじゃないですか。私も相談には乗りますが、残念ながら武人としての観点からの意見は言えません。誰かに相談して初めて生まれる策もあるかもしれませんよ。」
「誰かに相談ねぇ……。」
思案顔になった穂乃果は、少し考えたあとに口を開いた。

「凛ちゃんに会ってくる。」


「星空様。ご報告いたします。」
「その『様』っていうのよすにゃ~。照れるにゃ。」
「はっ、しかし……」
「『凛』とか『凛ちゃん』とか名前でいいにゃ。真姫ちゃんのとこの人達はみんな凛の家族みたいなものにゃ。」
「はあ、では……」
「おーい!凛ちゃんいる~!?」
 上座に座る女の子と、下座でバツが悪そうに口を開く男の会話に、元気な声が割って入る。
「そうそう、こんな感じで呼んでほしいな~……って穂乃果ちゃん!?」
 穂乃果である。
「穂乃果ちゃんこんなところに来て何してるの?矢澤家が迫っていることを知らない……わけないにゃ?」
「や~、そうなんだよ。そのことでちょっと誰かに相談がしたくてさ。」
「なるほど、みんなで軍議しようにもみんな混乱してるから凛のところに来たってわけにゃ。」
「さすが凛ちゃん、察しがいいね。」

 

先ほどから「凛」と呼ばれている女の子は、穂乃果の家臣である。
 凛はもともと、尾張の中村と呼ばれている場所の農民の子として生まれた。
 この時代の普通は、「蛙の子は蛙」である。武士の子は武士として、農民の子は農民として、特殊な場合を除けば家柄や身分でその将来の大半が決まっていたといってもいい。
 高坂家はその「特殊な場合」であった。結果を残せば、家柄は問わず誰でも出世ができる場所である。
 凛は農民の子として生まれたが、紆余曲折を経て、身分は低いが穂乃果に信頼を置かれる武士としての立場を確立している。
 凛の機転のよさ、察しのよさ、そして何よりの特徴である天性の人懐っこさが、彼女の最大の武器であり、今の彼女の立場と彼女自身を作り上げている。

 

「それならちょうどいいにゃ。今、真姫ちゃんのお使いさんが来てるから、一緒に報告を聞こう。」
「真姫ちゃん?」
「川並衆をまとめる西木野のお嬢様にゃ。」
「川並衆!?あのうちでも手を焼いてた……。なんで凛ちゃんが川並衆の頭領と知り合いなの?」
「昔ちょっとお世話になったことがあるんだにゃ。まあそこはおいおい話すにゃ。」
「あの……」
 女の子2人の会話に、おずおずと割って入った声があった。
「凛様。こちらは…??」
 先程まで凛と話をしていた男である。「凛様」と呼ぶことにしたようだ。
「あ、ごめんね。こちらは高坂穂乃果ちゃん。知ってるよね。高坂家当主にゃ。」
「なっ……。」
 男は絶句の表情を隠さなかった。それどころか、みるみるその表情が青ざめていく。
 「川並衆」とは、もともとこの尾張の国で浮浪者や狼藉を働く者、罪を犯した者が母体となり一つの勢力となったいわゆるゴロツキ集団が母体となった集団である。その集団は近隣の集落と一体となり、やがて一つの勢力として「川並衆」という名前で呼ばれるようになった。
 「川並衆」という普通の名前は付けられど、ゴロツキ集団の勢力である。領内の治安維持の観点から、過去にはたびたび高坂家とぶつかっていた経緯がある。
 川並衆を取り締まる立場の高坂家、ましてやその当主と対面したのだから、男の顔が青ざめるのも無理はなかった。
 すかさず凛が割って入る。
「いやいや、安心してほしいにゃ。ここは凛の家、この場の巡り合わせは凛に預けてもらうにゃ。ね?穂乃果ちゃん?」
「もちろん。何も悪いことをしてないのにいわれなくあなたを捕らえたりしないよ。なにより凛ちゃんの『家族』だしね。さっきの話、聞こえてたよ。」
「ははあ……。」
「さすが穂乃果ちゃん。それじゃあ報告をお願いにゃ。」
 男は半分安堵、半分狐につままれたような顔で喋り始めた。
「まず、駿河を発した矢澤家の兵数は三万を越すとみられます。目測ではありますが、隊列と旗印から、大将矢澤にこの本体五千、朝比奈隊四千、岡部隊三千、松井隊三千、久野隊三千、荷駄隊一万、荷駄隊守備兵四千という内訳とみております。」
「やっぱ多いにゃ。ざっと三万二千人ってとこだにゃ。」
「目測だしもう少し多いかもね。三万五千弱と見てよさそう。」
「荷駄隊がかなり多いにゃ。」
 冷静に状況分析に努める二人。声は緊張の色を帯びている。
 男が答える。
 「はい。荷駄隊と荷駄の守備兵の多さから、目標は上洛と考えてよさそうです。京までの兵糧と武器、まぐさ等の糧秣はある程度確保しておく必要がありますれば。これだけの大軍、矢澤勢は特に兵糧への扱いには細心の注意を払ってくることでしょう。」
 上洛とは、この時代の中心である京の都を目指すことである。
「加えて、三河の南家から、南ことりを大将とし、三千の兵で矢澤勢へ加わると見受けられます。以上、矢澤勢総数は三万五千程度でございます。」
「……っ。ことりちゃん……っ。」
 穂乃果の顔が、緊張の表情から複雑な表情へと変わる。
 凛が口を開く。
「穂乃果ちゃん、余計な感情を入れちゃだめだよ。今はことりちゃんも敵だにゃ。」
「わかってる。」
 穂乃果は緊張感を取り戻したが、その顔にはあからさまにかげりが生まれた。
「報告を続けてほしいにゃ。矢澤勢の進軍速度は?」
「はい。矢澤にこ本隊は駿河をすでに出立。今後は駿河遠江三河で各隊と合流後、尾張へ進行するものと見受けられます。大軍での行軍、諸隊の準備、武器兵糧等の荷駄の整備、街道の状況等から十日程度の日数を擁するものと思われます。」
 男が続ける。
「また、今回は本格的な上洛ということで兵の士気も高くあります。もっとも、京まで士気を落とさず行軍するというのは至難のことではありましょうが、この尾張は初戦でもあり、士気も高いまま侵攻してくるでしょう。」
「なるほどにゃ……。ちょっとこれは…。なかなかのものだにゃ……。」
 凛がおおよそ高坂家には絶望的な状況を反芻する中、穂乃果は別のことに関心を覚えていた。
「凄いねえ。そんな兵数の詳細から、進軍の速さ、兵の士気のことまでわかるんだねえ。」
「は……、はぁ…?」
 状況の報告について、穂乃果が予想と全く違う反応をしたためか、男の口からは呆けた返事が出る。
 すかさず凛が説明に入る。
「川浪衆はゴロツキとは言っても、このあたりの有力な勢力にゃ。そして地域に根強いた勢力だからこそ、尾張周辺では情報網を広く張れるんだにゃ。周りが高坂や園田、矢澤、南と大名勢力に囲まれて、加えてゴロツキで社会的立場が不安だからこそ、各所の情報を集めて、安定した選択をできるようにするってのが川浪衆の方針なんだにゃ。」
「ほへ~。」
 感心する穂乃果に、少し照れくさそうに凛が言う。
「って、まあこれは別に凛の言葉じゃないにゃ。真姫ちゃんの受け売りなんだけど、ね?」
 凛に声を掛けられた男が
「ええ。高坂殿が知られる通り、我ら川浪衆は昔ほど狼藉や民衆の治安を脅かすようなことをしなくなりました。そうしなくても生きてゆけるため、それは、我々が集めた情報をもとに、真姫様が、適切に判断して統制をとってくださるおかげです。」
としみじみと言う。
「その『真姫ちゃん』って子と会ってみたいねえ。」
「それはまた今度にゃ。今は火急の時だよ。」
「そうだねえ。」
 のほほんとした会話が対矢澤家の話題に戻る。
「まあ、川浪衆の情報収集の能力は間違いないと思うにゃ。凛もこのあたりの情報収集については、高坂の物見より川浪衆のほうがよっぽど優秀だと思うよ。」
「あはは…。それは素直に感心できないねえ…。高坂としてもこのあたりの情報収集は重要な仕事だと思って……」
穂乃果が不意に黙りこむ。
「兵糧…。兵の士気…。情報……?」
「あれ?穂乃果ちゃん?怒った?もしもーし?」
穂乃果に凛の言葉は聞こえていない。
「そうか、これなら……。でも無理かな、そうすると時間が足りない。」
置いてけぼりの凛と男をよそに、穂乃果はひとしきり一人言を呟くと、思考をまとめた。
「そうか!これだ!」
「ごめんて穂乃果ちゃん。高坂の物見も優秀だにゃ~。……へ?」
間の抜けた返事をする凛に、穂乃果は少し興奮気味に言葉をかける。
「作戦が決まったよ!」
「本当かにゃ?」
「うん、そこでなんだけどね。二人に頼み事があるの。」
 改めて穂乃果が二人の方を向く。
「にゃ?」「私もですか?」
「うん、西木野さんに合わせてほしい。」
「それはさっきまた今度って…」
 続く言葉は二人にとって衝撃的な言葉だったらしい。
「明日、西木野さんに合わせてほしい。」
「へ?」「え?」
凛と男の返事が重なる。そのあと猛烈に言葉をまくし立てる。
「無理にゃ無理にゃ!」
「そうですよ!我ら川浪衆の頭領と高坂家の当主が対面なんてとてもありえません!」
「そこをなんとか!お願い!」
 平民と家臣に頼みこむ当主。珍しい光景である。
「高坂家が、尾張が生き残るためにはこれしかないんだ。話を聞いてもらえるだけでいい。くだらなければ、一笑に伏してもらってもいい。過去のことは関係ない。今は尾張の仲間で力を合わせて戦わせてほしい。」
 地面に付きそうな勢いで頭を下げる穂乃果。その口から紡がれる言葉は、絶望の闇間に差す光明だ。
 その姿を眩しそうに凛と男は見つめた。
「できる限りのことはやってみるにゃ。のっけから無理って諦めるわけにいかないにゃ。ね?」
「はい。尾張の当主にここまで言われて、何もやらないわけにはいきませんね。」
「ありがとう。方針が決まったし、穂乃果は帰って軍議をする、そのあとは絵里ちゃんのところへ行ってくるよ。」
二人の手をとって感謝をする穂乃果。その顔には、いつもの明るさが戻っている。
「でも真姫ちゃんはとっても気難しいからねえ。うまくいくかな。」
「わかりませんね。花陽様にもついてきていただきましょう。」
「それがいいにゃ。かよちんと一緒に説得に行ってみるにゃ。」
 凛が穂乃果のほうを向く。
「これから真姫ちゃんのところに行ってくる。軍議は欠席するから、戦いの方針だけ教えておいてほしいにゃ。出陣するの?籠城するの?」
 その答えは、尾張高坂家の命運を決める選択となる。

 

「そんなのもちろん、『籠城』だよ。」

 

<④へ続く>