「Craft SS World!」

戦国時代を中心とした歴史系サイドストーリー!遅筆です。。。

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ⑪

「どっちが切り出してくるかわからんけど」という言葉を枕に、駿河の軍師は当主に告げる。
「この三国同盟を結ぶ際に、武田北条は矢澤に対して間違いなく条件をつけてくる。」
 会談の数日前の希の言葉は、にこの覚悟を諮るものだった。
「条件…?」
 にこは希に聞き返す。
「そうや」と希は間髪入れずに返すと、説明を始める。
「この同盟、三国の利害が一致して盟約を結んで、お互いがそれぞれの目的を達成したときに一番利があるのは矢澤家やっていうのはさっき説明した通りやん。」
 にこもそれは理解している。この三国同盟が成立するとき、それはにこが京へ上洛するための最大の難所を越えることと同義だ。
「うちが一番得をするから、武田と北条はその利害の穴埋めをするために、うちに対して条件をつけてくるってこと?」
 希は頷く。
「そうやね。武田と北条にとっては、矢澤に上洛を許すのは面白くない。そして三国が他に比類のない大国になった時、三国の間で国力の差ができるのはもっと面白くない。だからそれを防ぐための条件をつけてくると思う。」
 にこは、その通りかもしれない、と頷く。相手は晴信、氏康という戦国屈指の名将、にこが思い描く理想図をそのまま描かせてくれるはずがない。
「で?具体的にどんなことが要求されると考えてるわけ?」
「せやなあ、具体的には…」

「具体的には現在、遠州から甲斐国へ輸入している塩および海産品の無償提供……などよいかも知れぬな、どうであろうか?」
と晴信は言うと、氏康に尋ねる。
「北条殿は何か意見はあるかな?」
尋ねられた氏康は即座に答える。
河東郡を返還願おうか。……まあ河東は古来より我が北条の領土、この場でよい返事が聞けなくとも、いかなる手段を使ってでもいずれ返してもらうがな。」
 にこは背筋が震えたのを自覚した。その理由の半分は、ここから始まる難敵との交渉に。そして半分は、晴信と氏康の言葉を寸分違わず言い当てた、希に。

「まあ、相手の出してくる条件としてはこんなとこやろな。」
 希はにこへ説明をした。にこは難しい顔に変わる。
「どっちも『はいそうですか。』……ってわけにはいかない内容ね。」
 にこが言うように、武田と北条の要求は矢澤にとっては大きな負担となる。
 晴信の治める甲斐国は海がない。すなわち甲斐では海産品は諸外国を回る商人に依存している状況にある。海産品の中でも特に「塩」の重要性は高い。平時はもちろん、ひとたび戦になれば食糧の保存に塩が大量に必要になる。しかし通常、何千、何万もの兵隊の食糧を保存するための量の塩を普通の商人から手に入れるのは困難である。
 そこで登場するのが矢澤家だ。矢澤が治める駿河国は海に面しており、駿府で生産された海産品は矢澤の御用商人を通じて甲斐国へ輸出される。矢澤と武田は友好関係にあり、甲斐国は安定して塩を中心とした海産品を得ることができ、駿河国はその見返りとして甲斐国から安定した収入を得ることができる。
 そして、駿河にとって甲斐国から得られる収入は決して少なくない。矢澤家による武田家への輸出海産品の無償化、これは言い換えれば矢澤家の収入を圧迫する、ということだ。
 現在、矢澤家が治める河東郡は、八年前、北条家がその武名を天下に轟かせた河越合戦の際に、晴信の調停によって北条から矢澤へ割譲された土地だ。この土地を割譲したからこそ、北条は河越合戦に勝利できたわけだが、北条はこれ以降、たびたびこの土地へ出兵している。この場所は相模、駿河両国の要衝にあり、ここを押さえることにより、北条と矢澤がお互いの本国へ圧力をかけることができる場所なのである。
 つまり、盟約が結ばれた後、万が一それが崩れることがあった場合、この河東の地を北条家が押さえていれば、北条は矢澤の本国である駿河を一気に狙えるのである。そしてその「万が一」は、戦国の世ならいつでも起こり得る。
「口にしといてなんやけど、もちろんこの条件は飲めんね。」
 希はにこの言葉に首肯した。
甲斐国への安定的な塩の輸出は、裏を返せば矢澤にとって安定的な収入を得られる手段だということ。この収入は矢澤の戦費にも賄われてる。これが入ってこなくなると…」
「これからの戦の戦費を賄えない。つまりは私たちの上洛の時期が遅れる、ということね。」
 希の言葉の先をにこが言う。希は頷いた。
「河東もそうやね。駿河と相模の軍事的要衝やからここを抑えられると、何かの間違いで同盟が破棄された時、駿河の危機になりかねない。」
「そして時期を見計らって、北条がその間違いを起こしてくる。その可能性を捨てきれないと、盟約を結んでも結局は駿河の背後を気にしながら上洛に向かわなきゃいけない。」
「よくわかってるやん。さすがにこっち。」
 感心した、という顔で希はこれにも頷いた。希が手放しでにこを褒めるのは珍しい。
「そういうことやね。だからにこっちは、相手の条件を拒みつつ、交渉をまとめなきゃいけない。条件を拒んだら、相手は戦も辞さない構えをとってくるだろうね。」
 にこは静かに頷いた。そして希の次の言葉を待つ。
「で?その方法は?」
 問いかけに対して希は首を横に振り、こう言った。

「いや?そんなん特に考えてへんよ。」

 にこはずっこけた。現代の芸人に劣らない反応である。信じられない、という顔を希に向けると、希を問い詰める。
「いやあんた、そんな一筋縄でいかないところというか、この交渉で一番大事なところでしょ?そこを考えてないわけ?下手したらあいつらと本格的な戦になるわよ?」
「なるかもねえ。」
 希はやんわり言うと、諭すように続けた。
「でもにこっち。この国の当主はにこっちやん。盟約を結ぶか、条件を飲むか、突っぱねるか、はたまた戦をするか…こんな大事なこと、他に誰が決めるんよ?」
「うぐっ…。」
 希の目から笑みが消える。その視線は、狼狽する駿河の当主に注がれる。
「これを決めるのは少なくともウチやない。他の矢澤家臣達でもない。これは、にこっち……。にこっちが決めなあかんことや。」
 駿河国矢澤家はにこと希の両輪で走っている国だ。にこが「この国はこうありたい。自分は矢澤当主としてこうありたい。」という絵を描き、希がその絵を描けるように支える。そうして矢澤家は戦国随一の大名家へと成長してきた。
 甲駿相三国同盟━━。たとえ難しくとも、この大きな大きな絵を、にこは描きらなければならない。

 希の目を見たにこは、すうっと息を吸うと覚悟を決めた。
「……あーもう、わかってるわよ。ここまでそうやってきたんだものね。まったく、難しいこと言ってくれるわ。」
 その言葉を聞いた希は、またやんわりとした雰囲気に戻った。
「わかってくれたようで何よりや。じゃこれで軍議は……」
「おしまい、頑張ってな。」と言いかけた希は、再びにこに話しかける。
「あー、あれよ、にこっち。そんなに気負わんでええと思うよ。ウチはどんな結果になってもにこっちの決断を尊重するし、にこっちを支える。他の矢澤家臣もみんなそう。駿河の民もそう。」

「だから、にこっちがやりたいようにすれば、それでええんよ。」

 

 希の言葉に緊張していた顔をしていたにこの表情が緩んだ。幼少の頃からにこと暮らし、にこを育て、にこと命運を共にし、誰よりもにこを理解している軍師の言葉は、当主を安心させるには十分なものだった。
「わかってるわよ。別に気負ってなんかないっての。晴信でも氏康でもかかってきなさい。いくらでも倒してやるっての。」
 いつものにこが戻ってきた。
 希は続けて言う。
「それにな、にこっちがいつも通りやってくれば、この会談も上手くいくと思うで。なーんの根拠もないけど。」
 にこはまたずっこける。
「あんたねえ……そこは嘘でもあるって言いなさいよ!」
 希の言葉ににこが突っ込む。元気なにこの姿を希は眩しそうに見つめていた。