「Craft SS World!」

戦国時代を中心とした歴史系サイドストーリー!遅筆です。。。

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ⑥

 尾張那古屋城下。


「凛が…高坂の殿様が指定してきた待ち合わせ場所は…ここね。」
 時は初夏。ジリジリと暑くなり始め、田植えが終わった田畑には青々とした光景が広がる。
 那古屋城下では、矢澤軍が迫りくる中、領民たちによる今年の豊作を願うお祭りが行われていた。
「さて、むこうさんはまだかしら。」
 祭りが行われてる場所からほんのわずかだけ離れたお堂に一人の少女が現れた。ここではお祭りの様子をうかがうことができる。
 どうやら待ちぼうけを食らっている少女は、祭りの様子を眺め始めた。すると、領民達にまざって見知った顔が、躍りを踊っていた。
「あれは……凛?」
 その見知った顔は、隣でほおかむりをかぶった領民の少女と楽しげに踊っている。見知った顔とは他でもない、高坂家に仕える星空凛のことだ。
「矢澤軍が迫っているっていうのに、気楽なものね…。」
 少女は少し呆れたようにため息をついた。そのため息が聞こえたわけではないだろうが、凛は少女の方を向いた。少女に気付くと、凛は隣で踊っていたほおかむりの肩をトントンと叩く。そして、ほおかむりと共に少女の方へ歩き始めた。
「真~姫ちゃ~ん!」


 西木野真姫
 尾張の有力勢力「川並衆」をまとめる西木野家の当主である。
 川並衆は、尾張三河を流れる木曽川近圏に勢力を張り、その木曽川を使った物流を生業とした集団である。また、尾張近隣の集落を荒らすこともあり、そうした物流や盗賊行為で生計を立てていた集団である。
 彼らの勢力には野武士や夜盗が多くいた。この時代、浮浪者や犯罪者は川に流される事例が多く、彼らが根を張る木曽川も例外ではなかった。そういった者達も川並衆は取り込んでいたため、彼らは盗賊行為を生業の手段の一つとして行っていたのである。そして前述もしたが、川並衆は過去には何度も尾張の治安維持から何度も高坂家と対立している。
 しかし、川並衆の生業の術として、盗賊行為をよしとしない者がいた。それが、この川並衆の頭領である西木野家の当主、真姫である。
 川並衆は、高坂家や矢澤家のようないわゆる「大名」と呼ばれる勢力ではない。高坂家や矢澤家は、もともと「守護」や「守護代」などの地位を付けられ、この時代の幕府からその国を治める役割を与えられた家なのである。
 川並衆はそうではない。幕府に認められた地位、いわば公権力の後ろ立てはないが、地域の有力者のもとに人々が集まり、その有力者を中心にその地域に根を張る勢力であった。川並衆の場合、その地域の有力者が西木野家であった。
 地域に根づいた勢力だからこそ、真姫は地域を大切にした。そして、高坂家のような大名勢力との対立を避けた。地域の集落を荒らすような行為は厳禁とし、野武士や浮浪者といったにもはぐれ者達にも田畑を耕させ、木曽川を下る船を漕がせ、木を伐らせ丸太をかつがせた。盗賊行為の代わりとなる生業、仕事を与えたのだ。
 これにより地域の民衆達との繋がりがさらに強まり、もともとの生業としていた木曽川の物流はさらに規模が大きくなった。また、高坂家との対立の軟化は、川並衆の勢力の消耗を抑えることへ繋がった。こうして、川並衆は尾張の有力勢力となっていったのである。


 凛とほおかむりは真姫のもとまで歩み寄った。近づいてきた凛に真姫は尋ねる。
「で?凛。今日会いたいって行ってきた高坂のお殿様はいつまで待たせるのかしら。私も忙しいのだけれど。」
 その質問に答えたのは、意外にもほおかむりの方であった。
「ごめんね西木野さん。私が高坂家当主、高坂穂乃果だよ。」
 ほおかむりを身につけ、凛や領民達と踊っていた少女は、穂乃果であった。
「あなた、なんでそんな……。」
 これにはさすがの真姫も面食らい言葉を失う。「こんな時だし、誰が見ているかわからないからね。領民に気付かれて騒ぎになってもまずいし。」
 穂乃果は真姫にそう答えると、凛に指示を出す。
「凛ちゃん。ここは西木野さんと二人で話をさせてほしい。凛ちゃんはここで誰か近づいてくる人がいないか、見張ってて。」
「わかったにゃ。上手くいくといいね。」
「うん、ありがとう。」
 穂乃果はほおかむりをとり、改めて真姫に向かい直った。
「それじゃあ西木野さん、少しだけ話をさせてほしい。」
 穂乃果はそう言うと、真姫と一緒にお堂の中へと入っていった。


「西木野さん、この度は忙しい中来てくれてありがとう。」
 お堂の中に入った穂乃果は、開口一番、謝辞の言葉を述べる。
「お礼なら凛と花陽に言うといいわ。あの二人以外の頼みなら聞かなかったわよ。」
 この日の前日、凛と花陽は真姫のもとへ今回の穂乃果と真姫の対面が実現するよう、訪問をしていた。凛の予想通り、最初真姫は
「高坂のお殿様と対面?絶対行かないわよ。」
とまで言っていたが、二人は真姫に頭を下げ頼みこみ、時にはなだめすかし、時には泣き脅しをし、時にはお土産に持っていった花陽のおにぎりを真姫に頬一杯に食べさせ、途中から星空邸へ来ていた男が加わり目一杯頭を下げて、なんとかこの対面を実現させたのである。
「ところで高坂のお殿様が私に何の用かしら。川並衆の頭領の私を捕まえにきたわけ?認められないわ。」
 単刀直入に真姫が本題に入る。
「そうじゃないよ。そうじゃなくて今度の矢澤家との戦、川並衆にも協力してほしいんだ。」
 穂乃果がお願いをする。それに対する真姫の答えは、
「それもお断りね。」
と、とりつく島もない。真姫は続けた。
「私の集める限りの情報で、あなた達の高坂家が矢澤の軍勢に勝てる要素が一つもない。私達みたいな後ろ立てのない勢力が一番考えなくてはならないことは、私達をとりまく環境とぶつからないこと。だから近年、配下の者達の盗賊行為をやめさせたわ。それは、あなた達高坂家とぶつからないこと、そうするための指示よ。そして今後は矢澤家ね。今後の戦いに勝ち、この尾張を治めるであろう矢澤の敵になることは絶対に避けなきゃならないの。」
 さらに真姫が続ける。
「この戦い、高坂家に協力しないこと。これは高坂家に何か恨みがあるわけじゃないわ。いや、過去に対立して仲間を殺されてるわけだから、決して恨みがないわけじゃないけど、それは領内の治安維持をする高坂家の立場からすれば当然のこと。だからそこは割りきって考えてる。でも、それを差し引いても、矢澤に弓を向けることへの不利益のほうが大きいのよ。」
 穂乃果は真姫の言葉を咀嚼する。そんな穂乃果を一瞥すると、真姫はたたみ掛けるように言う。
「……このお祭り、矢澤家がせまっている中、いわば緊張状態の中でも例年通り行われてるの。なんでかわかる?」
 真姫は一呼吸置くと言葉を続けた。
「民衆達の一番の願いは、これから育てる作物が豊作で、自分達の暮らしが豊かになることなの。それがたとえ、尾張を治める者が高坂であろうが矢澤であろうが、ね。」
「私達は、そんな民衆達に寄り添いながら生きてきた。時には狼藉や盗賊の真似事をしたこともあったけど、周りの民衆のおかげて私達も仕事をして生活ができているの。だからこの民衆達を大事にしなくてはならないの。この人達に一番近い存在として、矢澤と戦って万が一でも彼らに不利益を与えることはできないの。」
 川並衆の原動力。それは頭領である真姫の民衆を思う強い気持ちである。川並衆の者達は、そんな真姫を尊敬し、その姿についてきているのだ。

 押し黙っていた穂乃果が口を開いた。
「西木野さんの気持ちはわかったよ。」
 それに続く穂乃果の言葉は、真姫を驚かせるものであった。
「それなら、矢澤家と戦わない形で高坂家に協力してもらうことってできないかな?」
 今度は真姫が押し黙る。真姫はその言葉の真意について考えたが、ややあって口を開く。
「言っていることが理解できないわ。どういうことかしら。」
 ここで穂乃果は、彼女の中で暖めていた作戦を披露した。
「川並衆には、矢澤家に戦の陣中見舞いの品を献上してほしいんだ。」
 やはり真姫には理解ができない。
「陣中見舞いをするだけでいいの…?」
 穂乃果が続ける。
「それでね、陣中見舞いの際に矢澤家の当主、矢澤にこちゃんに謁見することができたらこう言ってほしいの。」
 穂乃果が真姫の耳元で喋りかける。その言葉はまたもや真姫を驚かせた。真姫は思わず大きな声を出す。
「ゔぇえ?あなたそれ、自分から戦の勝ち筋をつぶ……」
「しっ!声がおっきいよ!誰が聞いてるのかわからないのに!」
 穂乃果は反射的に真姫の口を塞いだ。そしておそるおそる手を放すと、改めて真姫に尋ねた。
「で、どうかな?これなら、矢澤家を相手に戦うこともない。それに矢澤家の戦の陣中見舞いを持っていった上に、戦に関する有益な情報を与えたとして、もしこの戦で高坂家が滅んだとしても、矢澤家に悪いようには扱われないと思うんだ。これなら川並衆のみんなや西木野さんに迷惑はかからないし、立場は守れると思う。これで…協力してくれないかな?」
 穂乃果の作戦を聞いた真姫は、少しだけ考えると穂乃果に尋ねた。
「陣中見舞いは持って行っても、向こうの大将に上手く謁見することができないかもしれない。ましてや、話の流れでさっきあなたが指示してくれた言葉は言えないかもしれない。」
 穂乃果が答える。
「それならそれで大丈夫だよ。西木野さんがそう言ってくれればより効果的ってだけで、作戦自体はそれがなくてもできると思う。でもきっと、にこちゃんだったら謁見の場を設けると思うんだ。」
 穂乃果が続ける。
「だって、矢澤家にとって川並衆は、これから治めようと考えている国の有力勢力だから。その頭領との対面は絶対にすると思う。」
 
 真姫は熟考し始めた。穂乃果が話してきた作戦を噛みしめ、飲み込み、その意図を理解しようとする。
 無言の時間は、長くは続かなかった。
「外の空気を吸いながら考えさせて。」
 真姫が提案する。穂乃果は「もちろん」と言うと、お堂の戸を開け放ち、外へ出た。

 

 外では凛が少しだけ心配そうな顔をしながら待っていた。お堂から出てきた二人の姿を認めると「どうだった?」と尋ねかけた。
「そうねえ。」
 真姫が凛の問いかけに答えようとしたが、その前におもむろに穂乃果の方を向いて話しかけた。
「その前に高坂の殿様。少しだけ外してくれるかしら。凛と少しだけ話がしたいの。」
「……?いいよ。じゃあ穂乃果、向こうで踊ってくるね。」
と、穂乃果は再びほおかむりを身につけ、躍りの輪の中へ向いて歩き出した。しかし、二、三歩歩いたところで穂乃果は真姫のほうに向き直って喋りかける。
「ところで、その『高坂の殿様』って呼び方、少し照れくさいからよしてほしいな。『穂乃果』でいいよ。」
 そう言うと穂乃果は再び躍りの輪の中へ向かった。
 真姫と凛が対面する。
「あなたのとこの殿様、何を考えてるかわからないわ。」
 喋り始めたのは真姫だ。凛は少しだけ苦笑いすると返事をする。
「あはは。よく言われるにゃ~。」
「あなた、私たちのとこを抜け出したと思ったら、あんな『アホの子』のところに行ってたと思うと……自分が情けなくなるわ。」
 凛は過去に川並衆にいたが、穂乃果に仕えるために川並衆を抜け出している。
「でもきっと、あの人はあの人なりに、私達のことまで考えての作戦を提案をしてきたのね…。」
 真姫の心は揺れていた。穂乃果の作戦はたしかに真姫達の立場を守ることができる。しかし、穂乃果の作戦は真姫の理解の範疇を越えていた。ある意味、得体の知れないものに手を出すような気分である。
 そんな真姫に、凛は尋ねる。
「なんで穂乃果ちゃんが、真姫ちゃんと会う場所に、このお祭りの場所を指定したと思うにゃ?」
 唐突な質問に真姫は少しだけとまどう。
「さあ。わからないわ。」
 凛が答える。
「穂乃果ちゃん言ってたにゃ。『穂乃果は尾張の領民達が笑って暮らしていけるような、そんな世の中を作りたい。このお祭りという場所は、尾張の領民達が幸せを願う場所。そういう場所に行くことで、この場所を守る、尾張のみんなを守る、そういう勇気をもらうことができるんだ』って。」
 真姫の迷いが少しずつ晴れていく。
「その穂乃果ちゃんの願いは、真姫ちゃんの思いと一緒なんじゃないかにゃ?」
 しばらく無言が続く。
 真姫は躍りの輪の方に目をやる。そこにはほおかむりをかぶっても一際輝きを放つ少女がいた。
 真姫が呟いた。
「私もヤキが回ったみたいね。」
 真姫は目を瞑って少しだけ口角を上げると言った。
「高坂家に協力させてもらうわ。せいぜい上手くやりなさい、『穂乃果』。」

 

<その⑦へ続く>

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ⑤

 時は巻き戻り、二刻前──。


「も~真姫ちゃんと会わせろだなんて!穂乃果ちゃんも無茶なことを言うにゃ。」
「ふふっ。でもその割に、凛ちゃんあんまり嫌がってないね。」
「そりゃ穂乃果ちゃんにあそこまで言われたら仕方ないにゃ。ほらかよちん、はやく行くよ。」
「うん。お土産のおにぎりもいっぱい握ったし、うまくいくといいね。」
 星空邸では、凛ともう一人の少女が川並衆の頭領、西木野真姫を訪ねる準備をしていた。


 「花陽」
 凛と喋っている少女の名前である。
 高坂家へ仕える武士の家に生まれ、幼い頃に同じく高坂家へ仕える武士の家の養女となった。その後、縁あって凛と結ばれることとなった。
 優しく、周りへの気配りと面倒見のよい性格であるが、彼女の何より特徴は、白米への情熱が凄まじいことである。
 後の時代に名将と呼ばれた加藤清正福島正則といった凛の家臣は、彼らの幼い頃から彼女が面倒を見て、そして彼女が作ったおにぎりで育った。彼らの活躍は、また別の機会で話すこととしよう。
 凛とは、この時代には珍しく恋愛結婚で結ばれている。高坂家の末端の家来であるとはいえ花陽の生まれは武士の家、凛の生まれは平民と、この時代の中では埋めることができないほどの大きな身分の差があった。
 当然に花陽の家を中心に凛との結婚の反対は強かった。しかし彼女は凛との結婚を強く決心し、周囲の反対を押しきった。結婚式は、世の多くの女性が望む華美なものではなく、周囲に反対された事と凛の身分の低さから藁を敷いて、足軽長屋で行われた質素なものであった。それほどに凛のことを想う少女である。
 そしてその強い想いは、後に天下人まで駆け上がっていく凛の心の支えとなる。この話もまた、別の機会にすることとしよう。


 凛と花陽は屋敷を出た。
 最初は他愛もない話をしていた二人だったが、やはり迫りくる大きな危機への緊張感からか、だんだんと無言になる。凛は時々、思案にふけるようにぼうっと虚空を見つめ、表情にはときおり影がさす。花陽はそんな凛を心配そうに見つめる。
 そんな重い雰囲気を変えようとしたのか、花陽が口を開く。
「そう言えば、なんで凛ちゃんと真姫ちゃんは知り合いなの?」
「にゃ?」
 不意をつかれたのか、凛は少し驚いた顔を見せると、ためらいながらも喋り始めた。
「そいつは少しばかり長い話になるにゃ~。」


 前述したが、凛は尾張の平民の家の子として生まれた。彼女には要領がよく、愛嬌があるという長所はあるが、それ以外に得てして武士となるような要素は一つもない環境で育った。
 幼い頃に父親を亡くし、母親が再婚をしたあたりから、少しずつ彼女の運命は動き出す。新しい父親と反りが合わなかった彼女は、その環境に耐えかねて家を出た。
「凛にはきっと、商才もあったんだにゃ。」
 家を出る凛に、凛の母親は亡き父親が残した一貫文の銭を餞別として与えた。凛はそれを元手に針を買い、その買った針を売りながら東海道を歩いた。東海道は木綿や反物の産地であり、凛の狙い通り針はよく売れ、針売りで得た金で日々の生活と路銀を賄っていた。
「凛は一度、今川に拾われたことがあるんだにゃ。」
 針売りは好調ではあったが、元手が少なく、長くは続かなかった。手元の金がなくなり、生活に困窮していた頃、松下嘉兵衛という今川の武将に拾われる。松下は引馬城の支城を任される武将であった。困窮する凛を見てかわいそうに思ったのか、松下は凛を拾い、凛は松下の小姓として仕えることとなる。
 凛は松下のもとでその才能の片鱗を見せつけた。加えて持ち前の愛嬌もあり、どんどん出世をしていく……はずだった。
「でも、周りから疎まれるようになったんだにゃ。」
 出る杭は打たれる。故事成語にもあるように、凛の才能と愛嬌は、松下に可愛がられる反面、松下のもともとの部下からの反感を買うようになった。部下たちにとっては、長年松下に仕えている自分達より、流れ者の凛が出世するのは面白くなかったのだろう。次第に、凛が仕事がしにくくなるような雰囲気が出来上がっていった。
「それでも松下様は優しかったにゃ。」
 松下も長年仕えている部下達の立場を考えたのであろう、三年ほど経った頃、凛に暇を出した。同時に松下は凛のことを憐れがり、「お主はここで埋もれるには惜しい才能だ。これで出会う前のように針売りでもしながら、身を立てる場所を探しなさい。」という言葉とともに、凛に路銀を渡した。松下の見せた精一杯の優しさを胸に、凛は引馬を旅立ったのである。
「そしてもう一人、凛の恩人に出会ったわけだにゃ。」
 松下のもとを去った凛は、再び諸国を巡り歩いた。獅子のいる相模、虎のいる甲斐、龍のいる越後、蝮のいる美濃、そして凛が最後に選び、辿り着いたのは「アホの子」のいる尾張であった。
 尾張へ戻ってきた頃には手持ちもなくなり、凛は再び生活に困窮していた。着る物以外に何もなくなり、建物の中で寝ることもままならなくなったある夜、矢作川という川にかかった橋で寝ていた凛はある少女と出会う。その少女こそが、


「真姫ちゃんってわけにゃ。」


 真姫と出会った凛は、真姫のもと、川並衆で再び雇われ生活を始める。無論、凛は真姫のもとでもその才能をいかんなく発揮した。今川時代とは違い、真姫にも川並衆の同僚にも認められる時間であった。
「真姫ちゃんのところでの生活は本当に楽しかったにゃ。川並衆のみんなも家族みたいなものにゃ。でもね……。それでも凛は、凛自身を賭けてみたくなったのにゃ。この尾張をところせましと、太陽のように駆け回る『尾張のアホの子』に。」
 凛は、別れを惜しまれながらも真姫のもとを去ると、尾張高坂家へ仕え、現在に至るのである。


 凛が喋り終わる。花陽はその話を反芻する。凛の半生、その壮絶な過去を。
 花陽も凛もお互いに口を開かない。しばらく沈黙の時間が続いた。その沈黙を破ったのは、凛だった。
「実はさっき、かよちんのことを考えていたんだにゃ。」
 今度は、花陽が不意をつかれたような反応をする。
「……?私の?」
「うん……。」
 凛は少しだけ逡巡すると、再び喋り始める。
「凛はね、穂乃果ちゃんに仕えてよかったと思っているんだ。今川時代と違って、凛自身の思うように行動したり、働いたりできる。他の人からは生まれや身分から考えたら、少しくらい疎まれることはあるけど、それ以上に結果を出せば出世ができる。凛の才能次第で、どこまでもいける環境を穂乃果ちゃんは用意してくれてるんだ。穂乃果ちゃんは、凛が普通に生きていたら見ることができない景色を見せてくれる。どこへでも連れて行ってくれる。だからね……。」
 凛は次の言葉を紡ぐのに再び逡巡する。そして意を決して喋り出す。


「だからね、この戦いに負けて…、万が一、死ぬことになったとしても……、凛はきっと後悔はしないと思うんだ。」


 花陽は黙って凛の言葉を聞く。
「でもね。でも、この戦いに負けたら、かよちんは?かよちんだけじゃない、家族同然に過ごしてきた真姫ちゃんや川並衆のみんなは?凛は後悔はしない。でも、凛の大事な人達の生活はみんな一変しちゃう。凛と一緒に戦って、後悔するかもしれない。下手をしたら、みんな……死んじゃうかもしれない。凛はそれが耐えられないんだにゃ……。」
 凛はまた困ったような、思案するような顔に戻る。
 そんな凛に花陽は、優しく、そして厳しく一喝した。


「馬鹿なことを言っちゃだめだよ。凛ちゃん。」


「え……?」
「私だって生活がめちゃくちゃになったり、死んだりするのは怖いよ。でも、凛ちゃんが穂乃果ちゃんのことを、どこへでも連れて行ってくれる存在だと思ってるように、私も凛ちゃんのことをそう思ってる。凛ちゃんは私にいろんな景色を見せてくれる。いろんな場所へ連れていってくれる。私は、そんな凛ちゃんのことを好きになったんだよ。この戦いの結果はわからない。だけど、最悪の結果になったからって、凛ちゃんと一緒にいることを後悔することはないです!」
「かよちん……。」
 花陽がさらにまくし立てる。
「それは多分、真姫ちゃんだってそうだよ。真姫ちゃんの場合は、真姫ちゃんの存在自身が川浪衆のみんなの生活を支えているから一概には言えないとは思う。でも、凛ちゃんの想いを伝えたらきっとわかってくれると思うよ。」
 花陽のありったけの想いは、凛に届いたようだ。 凛の顔に光が戻る。
「そうだね!ありがとかよちん!先のわからないことで悩むなんて凛らしくなかったにゃ。」
「そうだよ凛ちゃん。凛ちゃんらしくしないと真姫ちゃんも聞く耳を持ってくれないよ。」
 凛の表情は完全に晴れた。もう、迷いはどこにもない。
「うん!よーし、かよちん。元気出していっくにゃーーーー!!!」


 この先、凛と花陽は、この時は想像もしていなかった場所まで登りつめることとなる。その長い長い旅路へ今、二人はその一歩を踏み出した。

 

<その⑥へ続く>

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ④

 夜。
 一人で住むには広い屋敷の一部屋で、少女が文机へ向かっている。この屋敷には少女の他には誰もいない。
 少女が部屋の外にいる気配に気付く。
「誰?そこに誰かいるの?」
「こんばんは、絵里ちゃん。」
「穂乃果……。」
 部屋に差し込む月光が二人の影を照らし出す。その影は、お互いを見つめたまましばらく動かない。
 ややあって穂乃果が口を開く。
「このお屋敷、誰もいないんだね。」
「ええ。矢澤の大軍が来るから、お手伝いさんにはみんな暇を出したわ。」
「そっか。」
 どこか話しづらそうにする穂乃果に、絵里が本題を切り出す。
「で?こんなところまで来てどうしたのかしら?さっきまで軍議で一緒だったじゃない。何か私に言いたいことがあるんでしょ?」
 真姫に会いにゆく凛に細かな指示を出し、凛の屋敷から帰った後、穂乃果は高坂家の重臣を集めて軍議を開いた。
「うん……。」
「どうしたの、穂乃果らしくない。なんでも言いなさい。矢澤の軍勢が来るのに時間がもったいないでしょう。」
「うん…。その矢澤家との戦の話なんだけどね……。」
 先程から穂乃果はどこか歯切れが悪い。
「そうね。さしづめ用件は、私に『丸根砦を任せる。』と言ったところかしら。」
 その言葉を聞いた穂乃果は驚愕した。
「なんでわかったの!?」
 絵里は少しだけやれやれと言った表情を浮かべて、答える。
尾張への侵攻の中で、兵糧、荷駄、兵隊の休息箇所として、大軍の矢澤軍が尾張への最前線基地となる大高城を使うのは必須。ただ、矢澤が大高城へ入城するには、高坂が大高城への牽制として、東海道方面から大高城への進路内へ築いた丸根砦を陥落させる必要がある。だから丸根砦が今回の戦の最激戦地となるのは間違いない。」
 絵里が続ける。
「そこへ配属される軍勢の全滅は必至。軍勢を率いる将は、もちろん死を覚悟する必要がある。こうと決めたらその道を突き進む、高坂の当主様の歯切れが悪くなるような指示と言えば……、それしかないわよね。」
 まるで修行を積んだ禅僧のようだ。絵里の説明には一分の隙も、一切の無駄もない。
「さすが絵里ちゃんだね。」
「わかるわよ、穂乃果の考えてることは大体。」
 昔からそうだ。穂乃果の考えることは、絵里の手のひらの上にある。


 先程から穂乃果に「絵里」と呼ばれている少女こそ、「尾張一の戦上手」と言われる武将、綾瀬絵里である。
 過去に穂乃果が高坂家の家督を継ぐ際、高坂家は彼女を当主に推す勢力と反対する勢力で二分した。高坂家の重臣が次々と反対派へ加担する中、絵里は穂乃果と共に戦った。
 そして、その明晰な頭脳と戦へ関する引き出しの多さは、穂乃果の尾張統一を幾度となく支えた。
 また、当主と家臣の立場ではあるが、穂乃果が幼い頃からの友人の一人であり、まさに穂乃果の右腕のような存在である。


「さすが、『尾張一の戦上手』は伊達じゃないね。」
「やめなさいよその呼び方。それなりに恥ずかしいんだから。」
緊張に包まれながらも、そんな軽口を叩き合うことができるのがこの二人である。そして、
「そうだよ。絵里ちゃんに丸根砦に入ってもらうお願いにきたんだ。」
穂乃果が意を決した顔で喋り始めた。
 穂乃果が絵里の屋敷へ来る前に行った軍議の確認するような話であり、現在の絶望的な状況を反芻するような内容となった。しかしこの精神力こそ、彼女が「尾張一の戦上手」と呼ばれる所以だろう。絶望的な内容の話をする穂乃果の目を見つめる絵里の顔色は、何一つ変わらなかった。
 ただ、さしもの絵里も少しばかり顔を曇らせた話があった。三河を統治する南家の当主、南ことりの矢澤方での参戦である。
「そう…。ことりが、ね。いつかこんな日がくるとはわかっていたけれど。」
 先ほどから「ことり」と呼ばれる少女は、高坂家で人質として幼少期を過ごした。南家と高坂家、矢澤家の関係や、彼女自身の詳しい話は後述とするが、穂乃果と絵里はこの「ことり」が人質時代に一緒に過ごした過去がある。
「まさにこれがこの時代、というわけね。」
 絵里はため息をついた。
「こんな時代は……。」
 穂乃果が思い詰めた顔で何かを呟く。
「穂乃果?」
 表情が険しくなっていく穂乃果に絵里が話しかける。穂乃果はハッとすると絵里に向き直った。
「ううん、ごめん。なんでもない。さっきの話の続きなんだけど、丸根砦に入って戦ってほしい。この役目を果たせるのは、絵里ちゃんしかいないんだ。」
「そうね……。」
 絵里は押し黙って俯くと、彼女の頭の中で思考を巡らせ始めた。
 ややあって口を開く。
「わからないことがあるわ。」
「なに?」
「さっきの軍議でもあったと思うけど、あなたの選択した方針は籠城だったでしょう?この清洲での籠城戦になるけれど、そこで私が采を振るう場所はないのかしら?」
「……。」
 今度は穂乃果が押し黙る。
「それとも、丸根砦で私だけで矢澤軍を壊滅せしめろ、ということかしら。さすがにそれは無理よ。」
「違う!違うよ!」
 穂乃果は強く否定すると、絵里に近づく。そして、絵里の耳元で彼女の作戦を喋り始めた。


 穂乃果が喋り始めて、どのくらい時間が経っただろう。
 ほんの四半刻もしない時間だっただろうが、穂乃果が耳元で囁く言葉は、絵里にとっては春の日の夢のように暖かく、心地よく、長い時間だった。
 穂乃果が作戦を説明し終わる。
「……どうかな?やっぱりだめかな。」
「全く…呆れたものね。」
 穂乃果が寂しそうな表情をする。
 絵里は少しだけ口角を上げると、穂乃果に言った。
「穂乃果。どんな無謀な作戦でも、あなたの口から聞くと『できるかもしれない』って思ってしまうわ。」
 穂乃果の表情に光が戻る。
「それじゃあ!」
「ええ。穂乃果の作戦で承知したわ。」
「ありがとう絵里ちゃん!」
 絵里に抱きつく穂乃果。絵里は穂乃果の頭をポンポンと軽く叩く。
 改めて二人が向き直る。
「それでね、絵里ちゃん。もう一つお願いがあるんだ。」
「なに?もうさっきの作戦以上のことは私でも無理よ。」
「ううん。これは無理でもやってもらわなきゃいけない。」
 穂乃果は、きゅっと表情を引き締めた。


「さっきの作戦を成功させた上で、無事に清洲まで帰ってきて。」


 一瞬だけ遅れて、絵里が反応する。
「穂乃果……。」

「この作戦を成功させて、尾張に無事に帰ってこれることができる将なんて他にいない。絵里ちゃんしかいないんだ。」
 穂乃果は、さらに表情を締めると、口を開いた。
「穂乃果ね、いつも思うんだ。今の時代って、とってもつまらない。田畑は荒れ、建物は焼け、人々が飢餓に苦しんで、いろんな人達の権力争いで人が人を殺すような時代。
 それに、ことりちゃん……、戦いたくもない人と、大事な人と戦わなくてはならない時代。
 無事に明日がくるかどうかもわからない。この苦しみからいつ解放されるかもわからない。
 こんな誰も幸せにならないような時代は、誰かが終わらせなくちゃいけない。」
 穂乃果は一呼吸置くと、絵里に、そして自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「だからこんな時代は、穂乃果が終わらせる!」


尾張だけじゃない。三河も美濃も駿河も、この日の本の全ての国で戦争をなくして、みんなが明日を向いて笑って生きていけるような、そんな時代を作りたいんだ。
 それまでは厳しいこともたくさんあるだろうし、戦わなきゃいけない時もあると思う。でも、穂乃果の目指すその時がくるまで、絵里ちゃんの力を、その采配を貸してほしい。
 そしてその時がきたら、みんなに、もちろん絵里ちゃんにも、笑って暮らしてほしいんだ。穂乃果の目指す未来に、絶対に絵里ちゃんもいてほしいんだ!」
 力強い穂乃果の言葉。その言葉には輝きが籠もる。
「まるで太陽ね……。」
 ぼそっと絵里が呟く。
「えっ?なになに?」
 その呟きは穂乃果には聞こえなかったらしい。
「なんでもないわよ、欲張りさん。」
 絵里はまた、少しだけ口角をあげると、両手をつき穂乃果へ頭を下げた。
「承知したわ。身命を賭してもこの作戦、完遂させる所存よ。」
 尾張高坂家の名将、綾瀬絵里の瞳に静かに炎が灯る。その両の瞳は、「絶望」という名の固く重く閉ざされた扉をこじ開けるべく、この戦いとその先の未来を見据え始めた。

 

<その⑤へ続く>

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ③

「わっかんな~~~い!!!」
 清洲城の一室から聞こえてくる大きな声の主は穂乃果だ。
 高坂家は今、隣国の東海道矢澤家の侵攻を前に、未曾有の危機を迎えている。穂乃果は海未と、対矢澤の対応を練っているところである。が、
「詳しい状況もわからないままだし、ちょっと状況が悪すぎるよ。」
穂乃果が困った困ったといった表情を見せる。
「今回はこれまでの小競り合いのようにはいきませんものね。こういう時こそ軍議を開いて、家臣の皆の力を借りるべきではないですか。」
海未が言うと、
「みんな混乱しててまともに話なんてできるわけないよ。海未ちゃん、わかってて言ってるでしょ。」
と、穂乃果が返す。
「はい。わかってて言いました。」
「うわ海未ちゃん意地悪~。」
穂乃果は、仰向けに寝そべってだだっ子のように足をバタつかせる。
 一応、軍議はしたのだ。朝餉を食べたあと、穂乃果は高坂家の重臣を集めた。矢澤家の侵攻は尾張の国の存続がかかった一大事である。
 しかし、この未曾有の危機に晒された高坂家臣団は、穂乃果の言うとおり混乱していた。混乱した集団では、建設的な議論などができるはずもない。特に矢澤勢への対応方針については、城を出て戦う「出陣派」と、城の中にこもって戦う「籠城派」で家臣団が真っ二つに割れ、感情的になり叫び出す家臣すら現れる始末であった。
 そんな軍議の様子を思いながら足をバタつかせる穂乃果に、海未は「はしたないですよ」と言った後、続けた。
「でも、一人で考えたとしても妙案が浮かばないのなら、誰かと知恵を絞らなくてはいけないじゃないですか。私も相談には乗りますが、残念ながら武人としての観点からの意見は言えません。誰かに相談して初めて生まれる策もあるかもしれませんよ。」
「誰かに相談ねぇ……。」
思案顔になった穂乃果は、少し考えたあとに口を開いた。

「凛ちゃんに会ってくる。」


「星空様。ご報告いたします。」
「その『様』っていうのよすにゃ~。照れるにゃ。」
「はっ、しかし……」
「『凛』とか『凛ちゃん』とか名前でいいにゃ。真姫ちゃんのとこの人達はみんな凛の家族みたいなものにゃ。」
「はあ、では……」
「おーい!凛ちゃんいる~!?」
 上座に座る女の子と、下座でバツが悪そうに口を開く男の会話に、元気な声が割って入る。
「そうそう、こんな感じで呼んでほしいな~……って穂乃果ちゃん!?」
 穂乃果である。
「穂乃果ちゃんこんなところに来て何してるの?矢澤家が迫っていることを知らない……わけないにゃ?」
「や~、そうなんだよ。そのことでちょっと誰かに相談がしたくてさ。」
「なるほど、みんなで軍議しようにもみんな混乱してるから凛のところに来たってわけにゃ。」
「さすが凛ちゃん、察しがいいね。」

 

先ほどから「凛」と呼ばれている女の子は、穂乃果の家臣である。
 凛はもともと、尾張の中村と呼ばれている場所の農民の子として生まれた。
 この時代の普通は、「蛙の子は蛙」である。武士の子は武士として、農民の子は農民として、特殊な場合を除けば家柄や身分でその将来の大半が決まっていたといってもいい。
 高坂家はその「特殊な場合」であった。結果を残せば、家柄は問わず誰でも出世ができる場所である。
 凛は農民の子として生まれたが、紆余曲折を経て、身分は低いが穂乃果に信頼を置かれる武士としての立場を確立している。
 凛の機転のよさ、察しのよさ、そして何よりの特徴である天性の人懐っこさが、彼女の最大の武器であり、今の彼女の立場と彼女自身を作り上げている。

 

「それならちょうどいいにゃ。今、真姫ちゃんのお使いさんが来てるから、一緒に報告を聞こう。」
「真姫ちゃん?」
「川並衆をまとめる西木野のお嬢様にゃ。」
「川並衆!?あのうちでも手を焼いてた……。なんで凛ちゃんが川並衆の頭領と知り合いなの?」
「昔ちょっとお世話になったことがあるんだにゃ。まあそこはおいおい話すにゃ。」
「あの……」
 女の子2人の会話に、おずおずと割って入った声があった。
「凛様。こちらは…??」
 先程まで凛と話をしていた男である。「凛様」と呼ぶことにしたようだ。
「あ、ごめんね。こちらは高坂穂乃果ちゃん。知ってるよね。高坂家当主にゃ。」
「なっ……。」
 男は絶句の表情を隠さなかった。それどころか、みるみるその表情が青ざめていく。
 「川並衆」とは、もともとこの尾張の国で浮浪者や狼藉を働く者、罪を犯した者が母体となり一つの勢力となったいわゆるゴロツキ集団が母体となった集団である。その集団は近隣の集落と一体となり、やがて一つの勢力として「川並衆」という名前で呼ばれるようになった。
 「川並衆」という普通の名前は付けられど、ゴロツキ集団の勢力である。領内の治安維持の観点から、過去にはたびたび高坂家とぶつかっていた経緯がある。
 川並衆を取り締まる立場の高坂家、ましてやその当主と対面したのだから、男の顔が青ざめるのも無理はなかった。
 すかさず凛が割って入る。
「いやいや、安心してほしいにゃ。ここは凛の家、この場の巡り合わせは凛に預けてもらうにゃ。ね?穂乃果ちゃん?」
「もちろん。何も悪いことをしてないのにいわれなくあなたを捕らえたりしないよ。なにより凛ちゃんの『家族』だしね。さっきの話、聞こえてたよ。」
「ははあ……。」
「さすが穂乃果ちゃん。それじゃあ報告をお願いにゃ。」
 男は半分安堵、半分狐につままれたような顔で喋り始めた。
「まず、駿河を発した矢澤家の兵数は三万を越すとみられます。目測ではありますが、隊列と旗印から、大将矢澤にこの本体五千、朝比奈隊四千、岡部隊三千、松井隊三千、久野隊三千、荷駄隊一万、荷駄隊守備兵四千という内訳とみております。」
「やっぱ多いにゃ。ざっと三万二千人ってとこだにゃ。」
「目測だしもう少し多いかもね。三万五千弱と見てよさそう。」
「荷駄隊がかなり多いにゃ。」
 冷静に状況分析に努める二人。声は緊張の色を帯びている。
 男が答える。
 「はい。荷駄隊と荷駄の守備兵の多さから、目標は上洛と考えてよさそうです。京までの兵糧と武器、まぐさ等の糧秣はある程度確保しておく必要がありますれば。これだけの大軍、矢澤勢は特に兵糧への扱いには細心の注意を払ってくることでしょう。」
 上洛とは、この時代の中心である京の都を目指すことである。
「加えて、三河の南家から、南ことりを大将とし、三千の兵で矢澤勢へ加わると見受けられます。以上、矢澤勢総数は三万五千程度でございます。」
「……っ。ことりちゃん……っ。」
 穂乃果の顔が、緊張の表情から複雑な表情へと変わる。
 凛が口を開く。
「穂乃果ちゃん、余計な感情を入れちゃだめだよ。今はことりちゃんも敵だにゃ。」
「わかってる。」
 穂乃果は緊張感を取り戻したが、その顔にはあからさまにかげりが生まれた。
「報告を続けてほしいにゃ。矢澤勢の進軍速度は?」
「はい。矢澤にこ本隊は駿河をすでに出立。今後は駿河遠江三河で各隊と合流後、尾張へ進行するものと見受けられます。大軍での行軍、諸隊の準備、武器兵糧等の荷駄の整備、街道の状況等から十日程度の日数を擁するものと思われます。」
 男が続ける。
「また、今回は本格的な上洛ということで兵の士気も高くあります。もっとも、京まで士気を落とさず行軍するというのは至難のことではありましょうが、この尾張は初戦でもあり、士気も高いまま侵攻してくるでしょう。」
「なるほどにゃ……。ちょっとこれは…。なかなかのものだにゃ……。」
 凛がおおよそ高坂家には絶望的な状況を反芻する中、穂乃果は別のことに関心を覚えていた。
「凄いねえ。そんな兵数の詳細から、進軍の速さ、兵の士気のことまでわかるんだねえ。」
「は……、はぁ…?」
 状況の報告について、穂乃果が予想と全く違う反応をしたためか、男の口からは呆けた返事が出る。
 すかさず凛が説明に入る。
「川浪衆はゴロツキとは言っても、このあたりの有力な勢力にゃ。そして地域に根強いた勢力だからこそ、尾張周辺では情報網を広く張れるんだにゃ。周りが高坂や園田、矢澤、南と大名勢力に囲まれて、加えてゴロツキで社会的立場が不安だからこそ、各所の情報を集めて、安定した選択をできるようにするってのが川浪衆の方針なんだにゃ。」
「ほへ~。」
 感心する穂乃果に、少し照れくさそうに凛が言う。
「って、まあこれは別に凛の言葉じゃないにゃ。真姫ちゃんの受け売りなんだけど、ね?」
 凛に声を掛けられた男が
「ええ。高坂殿が知られる通り、我ら川浪衆は昔ほど狼藉や民衆の治安を脅かすようなことをしなくなりました。そうしなくても生きてゆけるため、それは、我々が集めた情報をもとに、真姫様が、適切に判断して統制をとってくださるおかげです。」
としみじみと言う。
「その『真姫ちゃん』って子と会ってみたいねえ。」
「それはまた今度にゃ。今は火急の時だよ。」
「そうだねえ。」
 のほほんとした会話が対矢澤家の話題に戻る。
「まあ、川浪衆の情報収集の能力は間違いないと思うにゃ。凛もこのあたりの情報収集については、高坂の物見より川浪衆のほうがよっぽど優秀だと思うよ。」
「あはは…。それは素直に感心できないねえ…。高坂としてもこのあたりの情報収集は重要な仕事だと思って……」
穂乃果が不意に黙りこむ。
「兵糧…。兵の士気…。情報……?」
「あれ?穂乃果ちゃん?怒った?もしもーし?」
穂乃果に凛の言葉は聞こえていない。
「そうか、これなら……。でも無理かな、そうすると時間が足りない。」
置いてけぼりの凛と男をよそに、穂乃果はひとしきり一人言を呟くと、思考をまとめた。
「そうか!これだ!」
「ごめんて穂乃果ちゃん。高坂の物見も優秀だにゃ~。……へ?」
間の抜けた返事をする凛に、穂乃果は少し興奮気味に言葉をかける。
「作戦が決まったよ!」
「本当かにゃ?」
「うん、そこでなんだけどね。二人に頼み事があるの。」
 改めて穂乃果が二人の方を向く。
「にゃ?」「私もですか?」
「うん、西木野さんに合わせてほしい。」
「それはさっきまた今度って…」
 続く言葉は二人にとって衝撃的な言葉だったらしい。
「明日、西木野さんに合わせてほしい。」
「へ?」「え?」
凛と男の返事が重なる。そのあと猛烈に言葉をまくし立てる。
「無理にゃ無理にゃ!」
「そうですよ!我ら川浪衆の頭領と高坂家の当主が対面なんてとてもありえません!」
「そこをなんとか!お願い!」
 平民と家臣に頼みこむ当主。珍しい光景である。
「高坂家が、尾張が生き残るためにはこれしかないんだ。話を聞いてもらえるだけでいい。くだらなければ、一笑に伏してもらってもいい。過去のことは関係ない。今は尾張の仲間で力を合わせて戦わせてほしい。」
 地面に付きそうな勢いで頭を下げる穂乃果。その口から紡がれる言葉は、絶望の闇間に差す光明だ。
 その姿を眩しそうに凛と男は見つめた。
「できる限りのことはやってみるにゃ。のっけから無理って諦めるわけにいかないにゃ。ね?」
「はい。尾張の当主にここまで言われて、何もやらないわけにはいきませんね。」
「ありがとう。方針が決まったし、穂乃果は帰って軍議をする、そのあとは絵里ちゃんのところへ行ってくるよ。」
二人の手をとって感謝をする穂乃果。その顔には、いつもの明るさが戻っている。
「でも真姫ちゃんはとっても気難しいからねえ。うまくいくかな。」
「わかりませんね。花陽様にもついてきていただきましょう。」
「それがいいにゃ。かよちんと一緒に説得に行ってみるにゃ。」
 凛が穂乃果のほうを向く。
「これから真姫ちゃんのところに行ってくる。軍議は欠席するから、戦いの方針だけ教えておいてほしいにゃ。出陣するの?籠城するの?」
 その答えは、尾張高坂家の命運を決める選択となる。

 

「そんなのもちろん、『籠城』だよ。」

 

<④へ続く>

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ②

「海未ちゃん!朝ごはん食べようよ!」
「海未」と呼ばれた女の子は声の主に返事をする。
「朝ごはんなんてとっくに済ませましたよ。穂乃果は起きるのが遅すぎます。」
海未に声をかけたのは、先程まで行っていた軍議を終えて出てきた穂乃果だ。穂乃果はバツの悪そうな顔で「そっかぁ…」と呟く。

「それより穂乃香、軍議は終わったのですか?」
「う~ん、終わったというか終えたというか…。状況は聞いた?」
「概ねは聞きました。矢澤家が大軍で攻めてくるそうですね。」
「さあて、どうしよっかなぁ……。困ったなぁ……。」
「なるほど。それで『朝ごはん』なのですね。」
不意に穂乃果が黙る。
「あはは…。海未ちゃんにはかなわないなあ。」

と言うと改めて穂乃果は海未のほうに体を向ける。
「みんながあんなに混乱した感じじゃ、まともに対策も立てられないからね。」
海未がやれやれといったように言う。
「穂乃果の悪い癖ですよ。『こんな状態で軍議はできない!』と、それだけ言っておけばいいのです。だから『アホの子』なんて言われるのですよ。」

 

 「アホの子」とは、尾張国を治める高坂家当主、高坂穂乃果につけられた俗称である。


 穂乃果は、尾張を治める高坂家の当主の娘であり、小さな頃から尾張の国の次代を担う人間として育てられてきた。容姿もかわいらしく、元気で活発な彼女は、幼い頃は周りや両親から将来を嘱望される存在であった。
 しかし、当の本人は
「勉強なんかより外で体を動かすほうが好きだもん!」
「なんでこんなにみんな堅苦しいの?やるならもっと楽しくやろうよ!」
などといった調子で過ごす日々が続き、彼女のその姿勢は、年を重ねても変わることはなかった。そして、彼女が年齢を重ねるにつれ、
(元気がよいというより、ただお転婆なだけではないのか?)
(次期当主としての自覚はあるのか?)
(この子に尾張を任せてよいのだろうか?)
と、周りからの彼女への期待は、時間と共に侮蔑へと変わり、ついには「アホの子」と呼ばれるにまで至った。

 

「あはは……。海未ちゃんは厳しいなあ。」
困ったような顔で穂乃果が言うと、
「こほん…。すみません、穂乃果。少し言いすぎました。」
申し訳なさそうな顔で海未が謝る。

 

 この海未という女の子は、穂乃果の正室である。
 「え?女の子に女の子の正室?」と疑問に思うかもしれないが、この物語はむしろそれが当たり前の「そういう世界」である。作者の趣味である。許容してほしい。
 話は逸れたが、海未は尾張の隣国、美濃の国を治める園田家の姫であった。
 東海道を治める矢澤家からの侵略に対抗するため後ろ盾のほしい尾張高坂家と、矢澤家からの侵略に対し前線をきって戦う勢力のほしい美濃園田家の利害が一致し、数年前に高坂家と園田家は婚姻関係を結んだ。
 この「海未」という女の子は、容姿は美しく、頭は切れ、思慮深く、さらに弓の腕前は男にもひけをとらない、まさに文武両道を体現した存在である。
 海未が尾張へ嫁入りをする際、海未の父親が海未へ、野心あふれる言葉と共に小刀を渡した。
「海未、おまえの伴侶となる高坂穂乃果という娘、世間が申すように『アホの子』ならば、この小刀で切って捨ててくるがよい。それと共にこの園田家が、すぐさま尾張を掌握しよう。」
 その言葉への海未の答えは、こうであった。
「お父様。では高坂穂乃果が、世間が言う『アホの子』ではなく、もっと大きな存在ならば…。端的に言うなら、天下をうかがうような存在ならば、この小刀……、美濃を治めるお父様へ向けることになるかもしれません。」
 彼女は、頭の良さだけではなく、何よりこの「大胆さ」と、闇の戦国時代を生き抜くための「覚悟」を併せ持った女の子だった。
 そんな海未と穂乃果は、いわゆる互いの家の利害のため、「政略結婚」という戦国時代の一つのならわし、かりそめの形で結ばれた関係である。

 

「みんなから信用される当主になるのって、なかなか難しいよね…。考えも落ち着きもない穂乃果に、当主らしさってあんまりないから……。」
一瞬、穂乃果は目を伏せて口をつむぐ。が、すぐにいつもの元気と明るさを取り戻す。
「それにおなかすいてるのは本当だしね!何をするにしても、とりあえず朝ごはん食べなきゃ始まらないよ!ごはん~、ごはんっと。」
「あ、穂乃果…。」

子供のような明るい声を残して食卓へ向かう穂乃果へ、海未が声をかける。
(あなたの元気さや明るさは、あなた自身が持つ当主の姿なのです。自信を持ってください。)
「なに?海未ちゃん。」
「いえ…。なんでもありません。落ち着いてごはんを食べるのですよ。喉に詰まらせますから。」
「もー海未ちゃん!ごはんを詰まらせるなんて、穂乃果そこまで子供じゃないよっ!」
穂乃果は今度こそ食卓へ向かった。その後ろ姿は、これから凄惨な戦いを強いられる高坂家を、当主として背負って立つとは思えないほど、明るく元気のよい姿である。
(『自信を持ってください』なんて、言えるわけありません。高坂家の当主として、尾張を守る存在として、誰よりも背負うものが大きいのは、わかっていますし、その自信が必要なのは、誰よりも穂乃果が一番わかっています。

 先程の言葉は、私が言うにはあまりに『無責任』ですね。)
 
 食卓へ行ったはずの穂乃果の足音が、踵を返して再び聞こえてくる。
「あ、海未ちゃん!ごはん食べたあとで作戦の相談に乗ってよ!なんか思いつきそうなんだ!」
「はいはい、まずは朝ごはんをいただいてきてください。」
 海未は穂乃果に返事をすると、自分の小刀のほうに一瞬だけ目をやり、視線を切る。
(お父様。やはりこの小刀は、お父様のためのものにはならないようです。)

 

 海未は穂乃果の最大の理解者として、彼女の姿を、行動を、願いを支え続ける。
 「政略結婚」という形で結ばれた二人のかりそめの関係は、激動の時代の中でお互いがかけがえなく思う信頼関係へと変わり、戦国の時代を共に歩み続けていく。

 

< ③へと続く >

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 ①

 尾張の国、高坂家の治める清洲城は、一人の物見の報告により朝から騒然としていた。
「穂乃果様、ご報告申し上げます!駿河国の矢澤家の軍勢、駿河の国を発進のもよう!矢澤家当主、矢澤にこを総大将としてこの尾張へ侵攻して参ります!」
「なんと……!」
「そんな……。」
物見の大声と、その声に高坂家臣団は色めきだった。
 それとは対照的に、「穂乃果」と呼ばれた女の子は
「え~……。明日は城下で開かれるお祭りに行こうと思ってたのに、タイミング悪すぎだよぉ~。」
と煩わしそうに口を開いた。
 その言葉に家臣の一人が半分呆れ、半分怒りの口調で
「穂乃果様!矢澤家が尾張へ迫ってきているのですぞ!祭りなぞ当然に中止でございます!」
と言い放つ。そして続けざまに物見に尋ねる。
「して?矢澤の軍勢は?」
「はっ!詳細は引き続き調査中にございますが、旗と物差しの数から約三万五千人から四万人程度と思われます。」
家臣団はさらに色めき立った。
「四万だと!?」
「我々の軍勢は五千も満たぬ!」
「いつぞやのような小競り合いの軍勢とは違う。とうとう本格的に動き出したか!」
「この尾張、矢澤に丸飲みにされますぞ!」
緊張と不安の混じった声が部屋を包む。
 物見の報告を要約すると、高坂家が治める尾張の国の隣、今の東海道一帯を支配する矢澤家が四万とも言われる兵隊を率いて尾張への侵攻を開始した。それに対して高坂家の兵力はそれに遠く及ばない程度である。つまり、国力の差が歴然としている相手に侵攻を開始され、高坂家は未曾有の危機を迎えることとなったのだ。家臣団が慌てふためくのも無理はなかった。
 その中でただ一人、緊張も不安もない、ある種楽しげな口調で言葉を口にした人間がいた。
「矢澤家の大将って、『にこ』って名前なんだ。とってもかわいいね。『にこちゃん』って呼ぼうかな。」
 先程の「穂乃果」である。
 これには騒然としていた家臣団も閉口する。
「今日は起きるのが遅くてまだごはん食べてないんだ。朝ごはんを食べながらにこちゃんへの対策は考えるね。みんなもとりあえず持ち場に戻っていいよ。また呼ぶから。」
 穂乃果はそう言って席を立つと、早足で部屋を出る。家臣団はその姿を呆気にとられながら見送った。

(はぁ……?)
 
 穂乃果の退席後、しばらく誰も口を開くことはなく、どこからともなく諦めの雰囲気が部屋を覆った。
 家臣の一人がその空気に耐えかね
「持ち場へ戻る。」
と言って部屋を出ると、家臣団はポツリポツリとそれぞれ部屋を出ていった。
 
(この「アホの子」が……。これでは尾張も高坂家もおしまいだな。)
 
 未曾有の危機を前に、図らずもあらぬ方向で家臣達の心は一つになっていた。

「ラブライブ!Sengoku Warlord Festival ! ~桶狭間編~」 書き出し

 かつて、絶望の時代を人々は生きていた。
 田畑は荒れ、建物は焼け、飢餓に苦しみ、人が人を傷つけあい、時の有力者達の権力争いに巻き込まれた人々は疲れ果てていた。
 「この戦乱はいつ終わるのか。」「いつになったらこの苦しい世界から解放されるのか……。」
 幾千、幾万の人が問いかけても、答えを見つけることができない暗い闇の世界に、閃光のような輝きを放つ、一人の女の子が現れた。